書評:大地の心理学:心ある道を生きるアウェアネス
書評
『大地の心理学:心ある道を生きるアウェアネス』
アーノルド・ミンデル
青木 聡 & 富士見 幸雄(翻訳)
コスモスライブラリー
松村 憲
本書はプロセスワークの創始者、アーノルド・ミンデルの最新書であり、未だ進化を続けるミンデルの最新の知見が、ユング心理学、物理学、シャーマニズム、老子の道教などの理論を交えて軽快に綴られている。
さて、嬉しく書評の執筆依頼を受けて書くことを考えていた時、10年ほど前に大学の講義で知った、ネイティブ・アメリカン、シアトル酋長の言葉を思い出した。アメリカ政府が彼らの土地の買収を求めた時、シアトル酋長は戸惑いを示した。彼にとって土地や空気や水は誰の物でもなく、地球の一部であり、我々は地球の一部であり、地球は我々の一部だと彼は考えていたからだ。その大地から彼ら部族が追いやられても、大地は彼らの民の魂を抱いていてくれるだろうと彼はいう。なぜなら彼らがこの母なる大地を深く愛しているからだと。深く自分たちのコミュニティを思い、大地を愛する彼の心は、プロセスワークでいう長老(エルダー)のモデルそのものだ。
ミンデルはスイスでユング派の分析家として活躍している頃から、カスタネダの著書に出てくるドン・ファンというヤキ・インディアンのシャーマンについて熱心に研究しており、その他世界中の先住民族の世界観にも大きな影響を受けている。また、彼がこの『大地の心理学』を執筆した土地は、オレゴンの西海岸にある先住民のスピリットが生きる、雄大な森と厳かな海岸とに囲まれた場所で、その土地の魂も本書執筆を応援してくれたに違いない。ミンデルは本書の中で「最も油断のならない自己破壊的な影響を内面に及ぼす差別は、都会的な文化によって夢見る大地が知らない間に抑圧されること」だと警鐘を鳴らしている。シアトル酋長が、大地に対しておこなうことは、自分たちにかえってくるのだといったように、現代社会は地球環境問題に直面している。ミンデルは『大地の心理学』を通じて、読者が現代社会の中で周縁に追いやられてしまった夢見る大地に耳を澄ませ、繋がり、「今ここ」にその知恵を取り戻すための方法を提示する。
本書では特に、「道の自覚(パスアウェアネス)」という方法について、心理学・物理学・シャーマニズムなどを例にしつつ詳細に語られている。私たちが、大地の方向に繊細な意識を向けることで夢見る大地にアクセスできることをミンデルは教えてくれる。
本書にのっているエクササイズ(一人で行うもの)では、自分の中の異なる立場や役割に立ち、各々の立場からどちらの方向(方角)に引き寄せられるかを感じ取り、数歩歩いてみる。今度はそこから別の観点や立場を感じ方向性を感じ、歩いてみる。最低二つの方向性を感じ取り、歩き、その始点から終点に向け方向性を感じ取りつつ最後の道を歩いてみる。最後の道を歩くことで、全ての観点や立場、役割を重ね合わせた背景にある「大きな自己」に繋がることができる。「大きな自己」は全ての道の総和であり、私たちの人生を導く不可思議な力のことだ。
その心から葛藤状況を見れば、全ての道は大切であり、大きな道につながっていることに気づく。エクササイズには簡単なものから、慣れるまで時間を要するものがあるかもしれないが、私の場合は身体を使い、方向を感じ、歩くことで不思議と気づきを得られることに驚かされている。
現代の生活も一方では大切にしつつ、どうやって夢見る大地の知恵をも大切にすることができるのか。ぜひ皆さんにも本書を手にとっていただいて、その中から大地の声を拾いあげて頂きたい。