書評:生きづらい時代の幸福論 − 9人の偉大な心理学者の教え

書評
諸富 祥彦著「生きづらい時代の幸福論 − 9人の偉大な心理学者の教え」角川書店

辰巳 裕介(本学会常任理事 )

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 「楽して幸せになりたい」。そう思い本書を手にした人は辛い思いをするかもしれない。本書は軽いタッチの自己啓発書と違い、一度読んでも「わかった」気にさせない内容である。また「ほんとうの幸福」について、まるで心の「ひだ」の底の底にある、普段あまり触りたくない部分に触れてしまうような、読んでいる側の「幸福」に対する意識を衝き動かす。

 副題にあるように、本書は「幸福論」というテーマで9人の学者のエッセンスを著者のフレームである「生きる意味」という視点からまとめられている。「9人の偉大な心理学者」は以下の通り。ジョン・クランボルツ、アーノルド・ミンデル、アルフレート・アドラー、アブラハム・マズロー、ヴィクトール・フランクル、ケン・ウィルバー、ユージン・ジェンドリン、フレデリック・パールズ、カール・ロジャーズ。

 これだけビックネームの質を落とさず、しっかりそのエッセンスを1冊にまとめられる著者に改めて驚かされる。一読してお腹が一杯になるのだが、9人のエッセンスを読み終えても、まだ3分の1ほど、ページが後に残っている。実は、この後にもう1人の心理学者が登場する。それが著者なのだ。

 もちろん「偉大」ではないと断りがあっての登場なのだが、本書が著者のこれまでの本と決定的に違うのが、この部分である。それは、著書がなぜ「絶対幸福」という概念を提唱したのか、その理由を理論だけではなく、その経験までも書かれているのである。

 そもそも「絶対幸福」の「絶対」とは何なのか。なぜ著者が「絶対幸福」を提唱したのか。著者の経験を理解するために必要な2つの疑問を、先に確認しておきたい。

著者は幸福について次の3つがあると述べる。

(1)昇り調子のときに得られる体験的な幸福
(2)人間的成長の結果、はじめて手に入る相対的な幸福
(3)どんなに不調で、苦しいときでも、何とか、ギリギリのところで手放さずにすむ絶対幸福

 そして最近の自己啓発モノによくある「生きているだけで、それでいい」という内容について『たしかにそうなのです。しかし、あまり軽々しく使っていい言葉とは思えません』(P. 206)として次のように述べる。

『ギリギリのところまで追い詰められた人間が、すべてを投げ出し、その瞬間、いのちのはたらきそのものに目覚める。(中略)そのためには、視点を、この小さな私(自我)から話して、”いのちのはたらきそのもの”へとシフトさせていくことが必要となります。』(P. 206)

 生きている上で感じる苦難や苦痛を「それでいい」という無根拠に安心させるコトバに対し著者は直観として納得しなかった。むしろ「ギリギリ」まで悩み、そして「投げ出す」まで追い詰める。そして気づきがもたらされる。

 著者がそう言える根拠は、著者の体験が支えている。

『さまざまな出来事 − 生後間もなく死にそうになったこと、能力のバランスが著しく偏っていたこと、「極貧」の家庭に育ったこと、「哲学神経症」に苛まれ続け、七年もの間苦しみ続けたこと −』(P. 171)

 一般的に「超越体験」、たとえば臨死体験をよく挙げられるが著者は「悩む」という体験が下から支えている。いや、それ以上に「ほんものの愛」とその「失恋」も決定的だったと述べる。

『ほんものの恋は、それを失った後でもずっと、その思い出が、私たちを深いところで支え、生きる理由を与え続けてくれるのです。』(P. 186)

 これら経験があいまって生み出された「絶対幸福」という言葉は、冒頭の「楽して幸せになりたい」という人に辛い思いをさせる理由でもある。「ほんもの」の幸福は、楽して手に入れられる体験的、相対的なものとは違う。すぐに手に入るものではない。むしろ、幸せになりたいと「不幸」を感じている人でさえ、幸福であるという逆説的な意味も含んでいる。それに気づくことを、「幸福」の側が促しているとも言える。

 本書は、著者が提唱する「絶対幸福」について知るための絶好の入門書であるといえる。また、トランスパーソナル学会ニュースレターとして書けることは、「トランスパーソナル」という世界を、「絶対幸福」という側面から捉えていこうとする気迫にもあふれている。今後、著者はスピリチュアルの視点からの「幸福」について、さらに探求を深めていくのではないか。その布石になる一冊のように感じられた。

 最後にひとつ、個人的なことを。

今回、諸富先生じきじきに書評を書くように依頼された。私(辰巳)が先生の弟子であり、その立場から書いて欲しい、という意味だったと思う。その立場から正直に書かせてもらうと、みなさんには、とにかく最終章を読んでもらいたい。そのタイトルは「それでも幸福になれないあなたに贈る 『私が人生で一番不幸だったときのおはなし』」。師匠は「生きる意味」や「孤独」というテーマでたくさん本を書いているが、それらの中で今一番いいたかったことが、この章に集約されているように思えた。先生が今後やりたいこと、同情ではない何かしらの強力な力を感じ、一読し震えが止まらなかったことを、ここに書いておきたい。