自著紹介:「経営にカウンセリングを活かす:インテグラル産業カウンセリング」

経営にカウンセリングを活かす:インテグラル産業カウンセリング
コスモス・ライブラリー刊

松村 一生(シニア産業カウンセラー・初級教育カウンセラー)

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 今般、ニュースレター編集主幹の鈴木 規夫先生から、自著紹介文を寄稿しないかとのお言葉を頂戴しましたので、本書の狙い等につき、書かせていただきたいと思います。表現の未熟さゆえに、失礼の段があれば、どうぞお許しいただきますようお願い申し上げます。

 本学会の良いところは、学者にとどまらず、心理職、看護・介護職、医学者、宗教家、研究者、ビジネスマン、学生、主婦などなど、実に多くの方がたが「トランスパーソナル」という思想に共鳴し、集い、共に学んでいることだと思います。一方、私が本学会に入会してから6年がたちますが、いまだ我が国のトランスパーソナル学は、市民権を得たと言い得るには、充分とはいえないと思っています。

 それはなぜなのか? トランスパーソナル学の最大の思想家は、K. ウィルバーだという事は多くの方々に同意していただけると思います。しかしながら、ウィルバー思想はあまりにも壮大で、精緻です。すぐれた思想の多くがそうであるように、専門家や研究者のレベルでその有効性が理解されていたとしても、それが実社会に活かされることがなければ、空論の謗りを受けないとも限りません。

 もちろん、心理療法家としては、A. ミンデルという達人がいます、医学的には、S. グロフの優れた研究成果があります。一方、実社会への適用という点では、我が国では鈴木 規夫先生が奮闘されているのは、ニュースレター読者の皆さんはすでにご存じの通りだと思います。

 本書は、トランスパーソナル学、とりわけウィルバーのインテグラル理論の枠組みを、産業カウンセリングひいては企業経営それ自体に活かしていけないだろうか? という筆者自身の素朴な発想から生まれました。

 現代のわが国産業界は、グローバル化・市場経済化への圧力ゆえに、人件費を圧縮し、遮二無二コスト削減に奔走し、それによる収益を株主に還元することが自己目的化してしまっています。輸入された人事管理手法である、目標管理制度や成果主義賃金制度を導入している企業の割合も増加しています。

これによって私たちの生活は、豊かでやりがいのあるものになっているでしょうか? 実際には、メンタルヘルス不調者が多発し、勤労者の自殺も見過ごしにできない数で推移しています。若者たちは、非正規雇用を強いられ、低い賃金・低い社会保障に苦しんでいます。

かつて良い商品の代名詞であったMADE IN JAPANは、単に安いだけではなく、次々に先進的で優秀な商品を世に送り出してきました。そうした商品開発を支えてきたものは、何だったでしょうか?

 かねてこれらの問いの答えを捜し求めていた筆者は、本学会の連続講座を通じ、ウィルバーのインテグラル・プラクティスを学びました。その後、さらにウィルバーの著書で補完した上で、インテグラル理論の枠組みを利用して、産業カウンセリングのカバーすべき活動領域を再検討してみることにしました。すると、あることに気付いたのです。産業カウンセリングは、これまで福利厚生の視点から個人セッションのカウンセリングに特化して、不調者のサポートを主体にしてきました。しかし、インテグラルな視点を持つならば、もっと別な領域にもカウンセリング心理学は適用可能なのではないか?

 メンタルヘルス対策はもちろん、その予防、個々人のモチベーション、企業のモラール向上、昨今注目を集めているコンプライアンスやCSR、教育研修、人事労務制度・・・…心理学が提供できる知見は、もっともっと広がる。「やったぜ! ウィルバー。あんた、やっぱり天才だ!」思わず膝をハタと叩いたのを覚えています。

 当時、外部EAP会社で電話カウンセリングを主たる活動としていた筆者は、企業組織に直接関われないもどかしさを感じていましたが、このプラクティスを通じて、目からウロコが落ちるような思いがしたのを覚えています。そして、先に述べた、産業界に対する諸々の問いに対しても、一つの解答を与えてくれると思いました。その後は、職業訓練校や若者サポートステーションあるいは産業カウンセラー養成講座実技指導に活動の重心を移し、グループワークの実践を積み、その思いをより一層強くしていきました。

 本書では、著者が実際に職業訓練校で使っているグループワークの一端をご紹介して、読者の方々により具体的にイメージしてもらえるよう工夫してみました。また、ウィルバーのプラクティスの他に、カウンセリング心理学の各療法・技法の特徴を一枚の図にまとめた「カウンセリング地図」や、コンプライアンス・CSRと、モラール向上対策・メンタルヘルス対策との関連を図解した「相関図」など図版を使って、できるだけ「見える化」を図ったつもりです。

この閉塞感の蔓延する時代に、心理学の知見を、どのように活用していったら良いのか? 心理の専門家だけでなく、企業の活性化を望む経営者、メンタルヘルス不調者の多発に悩む人事労務担当者・健保組合職員、労働組合関係者、コンプライアンスやCSRへの取組を進めているスタッフ部門、教育研修部門の方々にも、気軽に読んでいただけるよう、平易な言葉でコンパクトにまとめてみました。

残念ながら紙数の関係で、ミンデルやグロフにまで言及することはできませんでしたが、カウンセリング心理学、人間性心理学、組織・産業心理学については一定の紙数を割き、かつ携帯にも便利なサイズになりました。手元に置いて、ちょっと参照する、というような軽便なハンドブックとしてご利用いただければ幸いです。

 尚、出版にあたり、本学会会長の諸富 祥彦先生より、帯に推薦文をいただきましたこと、ニュースレター紙面を通じ、改めて厚く御礼申し上げます。