訳書紹介:『グルジェフ・ワークの実際:性格に対するスピリチュアル・アプローチ』

訳書紹介
『グルジェフ・ワークの実際:性格に対するスピリチュアル・アプローチ』
(セリム・エセル著、小林 真行訳、コスモス・ライブラリー刊)
小林 真行(本学会常任理事)

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 十九世紀後半にコーカサス地方で生まれたG・I・グルジェフは、二十世紀の前半にロシアやヨーロッパを中心に活躍した思想家であり、その教えは様々な分野の著名人にも幅広い影響を与えてきました。グルジェフの教えの根幹には、人間とは決まった反応パターンを繰り返している機械のようなものであるという見解があり、グルジェフ・ワークでは、自己観察や自己想起、脱同一化等の実践により、そのような半ば自動化した反応パターンからの覚醒を促すことを企図しています。

 今回ご紹介させていただく『グルジェフ・ワークの実際』は、自己愛・偽り・貪欲・恐れ・性的濫用という五つの性格特徴をキーワードに、グルジェフ・ワークというものが実地においてどのような姿を取るのかということを、著者と聴衆とのやり取りの中で浮かび上がらせてゆく体裁を取っています。本書では特に現代人の日常のありふれた場面に題材を絞ってワークの姿を取り上げているため、予備知識を持たなくても近付きやすく、関連書の中でもユニークな内容となっています。

グルジェフの教えによれば、私たちは通常「偽りの人格」に支配されて日常を送っています。偽りの人格は様々な形態を取りますが、本書で取り上げている五つの性格特徴はその代表的なものであり、これらが日常的な場面における機械的な反応パターンを形作っています。それらはまた自らに備わる資質や能力を十全に発揮する妨げにもなっており、こうした状態から抜け出すためには、偽りの人格によって覆い隠されている「エッセンス(本質)」を成長させる必要があります。簡潔に言うと、これは、偽りの人格に振り回される状態から、エッセンスという中心点へと主体性を移行させていくことを指しており、個人の中でエッセンスが確かな軸足と化した時、資質や能力もその本来の姿を取ることになります。そして、エッセンスを育むための方法論として取り入れられているのが、先に挙げた自己観察や脱同一化、あるいは外的考慮(自己中心的な視点から離れ、自らを取り巻く状況を配慮すること)といった数々の実践なのです。

グルフェフの教えの中には、精神的な要素に加えて心理学的な側面も色々と含まれていますが、本書ではそうした様々な面について、質疑応答の中で具体例を挙げながら、時にユーモアを交えて解説がなされていきます。また、末尾の用語解説には、グルジェフ関連の基本用語が簡潔にまとめられており、これらをざっと眺めるだけでもグルジェフ・ワーク全体の意図が把握できるので、関連書籍を読み進む際のガイドとしても活用できるようになっています。

 グルジェフのシステムそのものは非常に奥が深く、その全てを理解するのは容易ではありませんが、いかなる教えであろうとも、まずは自分自身の身近な状況や関係性に反映させていく必要があると思います。そうした意味で、本書は実践的なヒントをもたらしてくれる、格好の入門書であると言えます。