書籍紹介:「パピヨン」
書籍紹介
「パピヨン」田口 ランディ著
向後 善之 (本学会事務局長)
ランディさんと、初めてお会いしたのは、2008年の日本トランスパーソナル学会の会場でした。1日目でランディさんの講演は終わったのですが、その次の日もランディさんは来てくれました。その時、ほんの少し、お父様のお話が出てきました。死に瀕したお父様には、幻覚があり、「『なあ、けい子、指から竹笹の葉が生えているんだ』なんて言うのよ」と、ランディさんは、笑って話していました。私は、「幻覚は、だれもが見る可能性がありますからねぇ」などと、紋切り型の陳腐な答えをしておりました。今から思い出すと、あーかっこ悪い……。
それは、そんな陳腐な話じゃなかったのです。お父様の幻覚の話は、パピヨンの中にも出てきます。
パピヨンには、お父様の看取りのプロセスが描かれています。それは、壮絶で、現実的で、苦しく、そして悲しいプロセスです。でも、そのプロセスの中で、お父様が、もっともお父様らしく登場してきます。そこには、船乗りで、アルコール依存で、他人を徹底的に罵り、キレると家の中をめちゃくちゃに壊し、長男に自殺され、晩年には庭木の剪定をしていたお父様の人生が凝縮しています。
そして、パピヨンのもうひとつの軸が、エリザベス・キューブラー=ロスの生涯です。ランディさんは、チベットに旅したとき、ひょんな偶然から、ロスの記事を読みます。それが、パピヨン連載のきっかけになりました。ロスは、死に正面から取り組んだ最初の医師と言えるでしょう。彼女が提唱した「死の受容の5段階」は、あまりに有名です。ロスが著書の中や講演会の中でたびたび語っているのが、第2次世界大戦におけるユダヤ人の大量虐殺の舞台のひとつとなったマイダネック収容所をロスが訪れたときの経験です。彼女は、収容所の中で、無数の蝶の絵を発見します。この死と再生の象徴である蝶のエピソードは、あまりに有名です。ランディさんは、その蝶を見に、ポーランドに取材に行きます。
その結果は、パピヨンを読んでください。
そのポーランド旅行の前後に、お父様のガンが発見されます。
その後のストーリーは、ロスの生涯、特に晩年の様子と、お父様の死のプロセスがシンクロしながら展開していきます。
ロスは、その晩年には、取材陣に悪態をつき、神をヒットラーと罵るという、とても「死の受容」を語ってきた人とは思えないふるまいをします。「自分を愛するなんて、マスターベーションみたいなこと、気持悪くて私の趣味じゃない」(P. 245)などと言い放ってしまいます。一方、ランディさんのお父様は、幻覚にとらわれ、病院の悪口を言い、さまざまなトラブルを引き起こします。
このふたりの姿には、なんのてらいも遠慮もない、生の人間の姿が感じられます。
彼らに比べたら、私は、なんとまわりを気にし、言いたいことも言わずに、つまり自分に嘘をついて生きているんだろうと感じました。
お父様の最後の言葉は、「なあ、けい子、俺はよく生きたろう」(P. 248)です。そして、ランディさんは、「よく生きたよ、父さん」(P. 248)と答えています。
人の人生は、不完全で、困惑し、挫折し、場合によっては、めちゃくちゃに見えることでしょう。でも、そのめちゃくちゃさを含め、人生はすばらしいと、パピヨンを読んで思いました。