書評 : 『妄想力』

書評 : 『妄想力』
金沢 創 光文社 2006年
菅 靖彦 (本学会常任理事)

妄想力   ヒトの心とサルの心はどう違うのか

 人間と動物の心の違いは何か? 人間の本質を理解する上で、誰もがぶつかるその疑問に、著者はズバリ「妄想力」だと答える。妄想という言葉はどちらかというとネガティブな印象を与える。しかし、このユニークな心理学者は妄想のポジティブな側面に注目する。

 たとえば、「石ころを見て、これは包丁にもなるし武器にもなる、あるいは自分を着飾る装飾品にもなり得ると、複数の可能性をとっさに想像」できるのは、「妄想力」のおかげだと言うのである。つまり著者はものごとを多面的に見る能力を「妄想力」として捉え、人類の繁栄の原動力とみなしているのだ。

 これまで人文科学や人類学、心理学といった分野で、人間を動物から分け隔てているのは言葉をもっていることだという主張が繰り返しなされてきた。著者はそれに真っ向から異を唱える。というのも、大切なのは言語を生み出した人間の心の方で、もし物事を多面的に捉える妄想力がなかったら、豊かな言語活動など生まれえなかったからだ。著者に言わせれば、言語活動は心の妄想活動の一環なのだ。

 ところで、他人の気持ちをあれこれ斟酌し、思い悩むのもまた妄想のなせるわざだといっていいだろう。そのような妄想がいかんなく発揮されるのが恋愛だ。著者は丸々一章をさいて妄想ゲームとしての恋愛を軽妙洒脱に論じている。

 興味深いのは人類の発展に多大な貢献をした他人の心を推測する能力を、著者が身体を視覚的に捉える能力に結びつけている点である。他人のしぐさや表情から感情や気分など豊富な情報を読み取る能力を人間はもっており、それが動物と決定的に違う点だというのだ。とくに日本人は視覚情報を読み取る能力に長けていると著者は指摘し、後半で独特の日本文化論を展開している。

 人間の心の最大の特徴は論理的な思考能力にあるというのが通説である。そこにあえて「妄想」という視点を持ち出すことによって、人間の内的宇宙の奥深さを炙り出そうとしているところに著者の独創性を感じる。