おじんカウンセラーのトホホ通信 その19 シンクロニシティ

【その19】シンクロニシティ

つい先日、たまたま偶然に、麻布の街中で友人と出会いました。数年ぶりだったこともあるし、こんなところでたまたま出会うなんて思ってもいなかったので、びっくりしましたし、また、うれしくもありました。「偶然」は、いろいろな感覚や感情を浮かびあがらせます。その友人とはじめてであった頃、熱っぽく青臭い議論を戦わせていた頃が、すっかり忘れていたその頃の気分そのままに、突然前触れもなく目の前に現れてきます。

そうした「偶然」によって、心の中の回路が少しだけ変わります。そして、その少しの変化が、大きな変化を生むこともあります。

カウンセリング中でも、予想もしなかった「偶然」が起こり、それが、クライアントさんのプロセスを大きく進めることが、時々あります。

あるクライアントさん(Aさんとします)には、「自分は、だめな人間で生まれてくるべきではなかった」という、非常に強い非合理的な思い込みがありました。カウンセリングをはじめてから、割と早い時期に、その思い込みが本来の自分を表わすものではないことには気づいたのですが、その信念は、依然として、彼が自己表現したり、自己主張するときに登場し、なかなか自信を持って行動するということができませんでした。カウンセリングも、壁にぶつかった状態だったと言えるでしょう。

その頃、私はAさんに対してフォーカシングというアプローチを行ってみました。まず、彼に、自分の思い込みにとらわれているときの感覚をイメージしてもらいました。彼は、その感覚を「大きなごつごつした岩」とイメージすることができました。おそらく彼の非合理的な思い込みは、大きな岩となって、彼の感情や希望やエネルギーが表に出てくるのを阻害していたのでしょう。私は、Aさんに、その岩をイメージの中で動かせるかどうか尋ねました。しかし、その岩は、大きすぎてどうしても、動かすことができません。私も、岩を動かしてもらうのはあきらめようと思いはじめました。その時、突然、カウンセリングオフィスの近くにカミナリが落ちました。彼とのセッションを始めた時には、カミナリが落ちるような天気ではなかったので、それは、まったく突然の出来事でした。

この突然の出来事が、思わぬことを引き起こしました。

カミナリが落ちた瞬間、Aさんのイメージの中の大きな岩が、こなごなに砕けてしまったのです。そして、岩があったはずのところに、Aさんは、力強い光を感じました。

その後、彼のプロセスが飛躍的に進みました。Aさんは、強い非合理的な信念のために、自分の潜在的な力を出し切れていなかったのですが、その信念が、カミナリに粉砕されてしまったのですね。カミナリさまさまです。

もうひとりの例をご紹介しましょう。その方(Xさん)は、解離性同一性障害と診断されていました。

解離性同一性障害とは、かつて多重人格と呼ばれた精神疾患で、たくさんの人格がひとりの人の中に存在し、それぞれの人格同士に記憶のやり取りがありません。だれでもたくさんの顔は持っていますが、それは、あくまでその人の中のサブパーソナリティであって、記憶はひとつに統合されています。つまり、人格Aが宴会に出た後、人格Bになってカラオケに行ったとすると、人格Aは宴会しか覚えていない、人格Bはカラオケしか覚えていないという状態になるのが、解離性同一性障害であって、健康な人は人格A(サブパーソナリティA)と人格B(サブパーソナリティB)を意思を持って使い分けることができます。

解離性同一性障害の方へのカウンセリングの中で、「ひとりグループセラピー」を行うことがあります。クライアントさんにイメージ誘導し、イメージの中で、交代人格に出てきてもらって、人格同士で話し合いをする方法です。交代人格同士は、基本的に記憶のやり取りがありません。そこで、イメージの中でディスカッションし合って、そうした話し合いを続けるうちに、交代人格の間につながり感が形成されていき、人格の統合につながるきっかけになり得ます。

クライアントXさん(女性)は、非常にたくさんの交代人格を持つ方でした。Xさんの中のひとつの人格に自殺願望が出てきて、不安定な状態になったときに、安全確保の体制を人格同士で作ってもらう目的で、その「ひとりグループセラピー」を行いました。そのときの「グループセッション」の中で、自殺願望が高まっている人格は、今までほとんど表に出てきていない人格(人格Dとします)であることがわかってきました。そして、そのグループミーティングにも出てきてくれませんでした。

他の交代人格たちが、いくら呼びかけても、人格Dは出てきてくれません。その時のグループミーティングに参加していた人格EやFは、「Dは、人見知りだし、めったに出てこない」と言います。

んー、こまったと思っていた時・・・・、私の携帯の着信音が鳴ってしまったのです。

私は、カウンセリングの時は、携帯の電源を切るようにしていたのですが、その時は、うっかり忘れていたのです。「まずい!」と思って、電源を切ったところ、人格E(この人格は、男性です)が、「きっと、Dからの電話だよ」と言いました。私は、人格Eに(身体的には、クライアントCさんに)、電源を切った携帯を渡しました。人格Eは、自殺願望の高まっていた人格Dと話をし、私の言葉を伝えてくれました。人格Eによれば、人格Dは、私と直接話すことは拒否しているとのことでした。

この変則的なグループセッションの結果、人格Dの自殺願望は沈静化し、結果的にクライアントXさんの危機は回避されました。

あの時、いつものように私が携帯の電源を切っていたら、そして、携帯の電源が入っていたとしても、たまたまあの時間に電話がかかってこなかったら、Cさんの安全を確保することは、もっと、困難を伴うことになっていたかもしれません。

カウンセリングの中で、こうした偶然は、しばしば起きます。ユングは、こうした「意味のある偶然」を「シンクロニシティ」と呼びました。

そうした偶然を、いかに利用するのかっていうのも、カウンセリングには必要なんでしょうね。

しかし、シンクロニシティは、こちらが望んでいても起こるものではありません。ある日突然、何の予告もなく目の前に現れるものです。

例えば、マージャンをやっていて、負けが込んでいる時、あれよあれよと言う間に役満(マージャンで最も大きな手)をあがって、一発逆転なんてことがあったとします。でも、再び負けが込んだ時、同じことが起こることを期待しても起こらないでしょ?たいていの場合、そんな期待をすると、どつぼにはまります。シンクロニシティに「期待」は、通用しないんですよ。

あっ、いけない、シンクロニシティの話題なのに、最後は格調低くマージャンの話になってしまった。

(第19回おわり)

向後善之

日本トランスパーソナル学会事務局長

ハートコンシェルジュ カウンセラー