【自著紹介】『PTSD とトラウマの心理療法—心身統合アプローチの理論と実践』
久保 隆司(本学会常任理事)
『PTSD とトラウマの心理療法—心身統合アプローチの理論と実践』
(B. ロスチャイルド著、久保 隆司訳、創元社、2009 年 1 月)
“PTSD” や “ トラウマ ” という言葉は、皆さんもよく耳にされるのではないでしょうか ? そもそもPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状は、アメリカで 1970 年代以降、特にベトナム戦争によってトラウマを受けた兵士の調査や、主に女性に対する性的暴行などの調査を通じてよく知られるようになり、1980 年に正式な診断名として DSM-III(米国精神医学会 APA の診断基準)に登場したものです。日本では特に、1995 年の “ 阪神・淡路大震災 ”や同時期に起きた “ 東京地下鉄サリン事件 ” などを契機として一般にも浸透しました。
さて私事ながら、先月、その PTSD とトラウマをメイン テーマにした上記訳本を出版いたしました。
原著は、この分野でのアメリカのベストセラー書です。内容は邦訳タイトルが示している通りです。副題はケン・ウィルバーのインテグラル理論も多少意識して選びました。PTSD やトラウマに関する本は最近結構ありますが、脳科学の基礎知識から実際の心理治療セッションの具体的なやりとりまで、1 冊の中で書かれているものは、私の知る限り本書だけです。専門書ですが、一般の方にもわかりやすい教科書としても使えますし、ご自身でもすぐに実践できる具体的なエクササイズなどにも触れられています。ということで、少しでも多くの方に読んでいただければと思います。
もう少し書きますと、本書の基本目的は、様々な “ 橋渡し ” によって、心理アプローチの理論と実践を統合することです。大きくは、1)脳科学・神経生理学等の科学の世界と臨床心理学・心理療法の世界との橋渡し。2)言葉が中心の旧来の心理療法の世界と言葉と非言語の双方を統合して利用する身体心理療法(ボディ・サイコセラピー、またはソマティック心理学)との橋渡し、です。その他は、「訳者あとがき」にも書きましたので、ご購入、または立ち読みにてご覧ください。全国の心理学のコーナーがあるような書店にはたいてい置かれていると思います。
せっかくのトランスパーソナル学会の Newsletterなので、以下すこし関連のあることを書いてみます。個人的に、私のこの 7 年ほどの関心の中心は『心身統合』です。インテグラル理論でいうインテグラル段階(ティール、ターコイズ・レベル=ケンタウロス段階)です。なぜならトランスパーソナル領域へと意識が発達していくためには、かならずこの段階を経る必要があることを、ソマティック心理学とウィルバーのインテグラル理論を中心とした研究と実践のプロセスで確信したからです。因みに、この段階を経ない “ トランスパーソナル意識・体験 ” とは、いわゆる変性意識(=ウィルバーによると、誰でも体験する可能性のあるシフトした意識状態。意識の進化によって獲得できる “ 本来の ” トランスパーソナル意識とは別物である)との混同か、病理的な妄想です。
それでは心身統合段階へと健全に成長するためにはどうすればよいのでしょうか ? 現実には、どうしてほとんどの人が達成できないのか、また多くの人たちが成長するためにはどのようにしたら良いのかを考える必要があります。私は、この部分に深く関わるパソロジカル(病理的)な側面の探求が重要だと思っています。“ 健常者 ” といえども(いや、だからこそ)、日々、心と身体のアンバランスに悩ませられている方が多いのではないでしょうか。そしてある意味、心身統合の対極にある最も重い(心身分離、解離の)精神障害である PTSD やトラウマ関連の研究が、大きな意味を持つことはごく当然なようにも思えてきます。「光」と「影」の統合によってこそ、本当の意味での『光明』の域(トランスパーソナル領域)に入ることが許されるのではないでしょうか。PTSD とトラウマの知見を深めることで、心身統合のプロセスに関わる実践上の問題点がより鮮明に炙り出されるのではないでしょうか。
以上のような考えが、本書を翻訳しようとした動機の一部です。日本においても、本書が今後の心身統合に関わる課題の研究—実践の基盤、窓口のひとつとなり、求める方にとって何らかの意味ある一冊であることを願っています。