書籍紹介:『多次元に生きる:人間の可能性を求めて』

『多次元に生きる:人間の可能性を求めて』
(オルダス・ハクスリー著、片桐 ユズル訳、コスモス・ライブラリー刊)

小林 真行
(本学会常任理事)

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二十世紀の前半から中盤にかけて活躍したオルダス・ハクスリー(1894-1963)は、人間の意識に関する幅広い探究を行った作家として知られており、『すばらしい新世界』『島』を始めとする小説のほか、自らを実験台にして変性意識を追究した『知覚の扉』、古今東西の英知を取り上げた『永遠の哲学』など、多くの著作があります。彼は1930年代の末にJ・クリシュナムルティと出会い、晩年にはアメリカの西海岸を中心に起こったヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントとも関わりを持ち、エサレン研究所の創立者であるマイケル・マーフィーや、後に西洋世界に瞑想を広めることになるラム・ダスなど、様々な人々との親交がありました。その意味では、トランスパーソナル心理学の原点にきわめて深い影響を与えた人物であると言えます。本書『人間の可能性をもとめて』は、そんなハクスリーのエッセイや講演録をまとめたものです。

本書の中で特に興味深かったのは、ハクスリーが「気づきの訓練」の必要性を強調している点です。私たちはふつう、自分がこれまでに身につけてきた心身の使い方や反応のし方などにすっかり馴染んでしまっており、たとえその中に不適切なものがあっても、それが本来の姿からかけ離れているということに中々気づくことができません。ハクスリーはそうした現状に対して、F・M・アレクサンダーが考案したアレクサンダー・テクニークを例に挙げながら、心身機能の正しい使い方に関する教育の必要性を訴えています。ハクスリーによると、私たちが何かに熟練するためには、意識的な努力だけでなく、無意識あるいは自我よりも大きな何かの手にその努力をゆだねる必要があります。しかし、そうした無意識との協調は、ともすれば誤った感覚の用い方や悪習慣などによって遮断されてしまうことが多く、私たちは様々な「気づき」を深めることにより、いかにして自己を妨げないようにするかを改めて学びなおす必要があるのです。本書の中には、こうした非言語的な身体領域へのアプローチに関する示唆に富む見解が随所に見られ、ハクスリー自身が単なる知識に拠るのではない深い実践を行ってきたことをうかがい知ることができます。ちなみに、末尾の「小伝」によると、1930年代、平和主義への傾倒やファシズムへの反対から当時の知識人たちから遠ざけられたハクスリーは重度のスランプに陥ったのですが、アクサンダー・テクニークとの出会いによって回復をとげることができたそうです。

本書には、以上のようなテーマを中心に扱った「人間の潜在的可能性」、「両生類の教育」、「知ることと、さとること」の他、性愛についての新しい見方を取り上げた「愛のヨガ」、幻視作用について歴史的・宗教的な観点から俯瞰した「幻視的体験」が収録されています。様々な精神的伝統についてはもちろん、カール・ロジャーズやゲシュタルト・セラピーなどへの言及もあり、様々な英知の統合を志した当時の熱い時代状況が生き生きと伝わってくる内容になっています。また、1994年にロサンゼルスで開かれたハクスリー生誕百年祭を機に行われた、訳者の片桐ユズル氏と立命館大学教授の中川吉晴氏との対談も収録されています。ハクスリーがこの世を去ってから既に半世紀近くが経過していますが、ここに収められている彼の言葉はいささかの古さも感じさせません。多様な領域にまたがる「架け橋」としての先駆的な役割を果たしたハクスリーの手引きによって、深い智恵を新たに発見しなおすきっかけが得られるのではないかと思います。