おじんカウンセラーのとほほ通信 その35 思いこみと現実

【その35】思いこみと現実

私は、以前、石油会社に技術屋として働いておりました。会社には15年弱勤めたことになります。その会社を辞めたのは、カウンセリング心理学を勉強するためにアメリカの大学院に留学するためでした。退職希望を上司に話すまで、会社のプロジェクトにかかわり、管理職になるための研修などに参加していた私は、アメリカの大学院を目指していることを、会社の人達にはだれにも話しませんでした。つまり、私は、会社を欺いていたと言われても仕方のないことをしていたわけです。

私は、大学院に合格してからしばらく、退職のことを上司に切り出せずにいました。会社の人達から非難されるのではないかということを恐れていたからです。「ばかなことを考えるな」、「会社に恩を感じないのか?」、「やっぱりお前はだめなやつだな」など、上司からも同僚からも責められ、後輩たちからは冷たい目で見られるのではないかということを、私は想像していました。

しかし、現実は、私が想像していたことと全く違っていました。会社に退職希望を伝えた時、直属の上司は、一切私を非難せず、じっくり私の話を聞いてくれました。上司に話してしまったからには、おそらく二~三日のうちに会社の上層部や人事部の人達に、私が退職すると言うことが伝わっていたはずです。上司がこれだけ理解してくれたにもかかわらず、私はまだ、他の人達から非難されるだろうと想像していました。

ところが、私の退職を知った幹部の人達が、だれも私を責めないのです。元上司だった部長は、「おもいきったことやるなぁー。まあ、がんばれよ!」と声をかけてくれました。また、退職届を出してから一週間ほどたったころ、取締役から、「ちょっと部屋に来る時間あるかい?」と、直接電話がありました。当時管理職にもなっていない私に、取締役から直接電話があるなどと言うことはありえないことでした。私は、お小言を覚悟して取締役室に伺いました。しかし、取締役は、「面白いことはじめるんだねぇー。私もチャンスがあって若かったら、向後君みたいなことをやってみたかったねぇ」とおっしゃるのです。そして、切れ者のエンジニアと評判だった取締役が、意外にも心理学への興味を語ってくれました。

その後も、「送別会ラッシュになるだろうから」と、何人もの会社の幹部の方々から、退職の発表前に一対一の飲み会のお誘いを受けました。退職発表後は、毎日だれかが送別会を開いてくれました。その総数は、三〇〇人以上にも上ります。そして、どなたも、私を励ましてくれました。ありがたいことです。

私は、間違っていました。「皆から非難されるだろう」というのは、私の思いこみにすぎなかったのです。この思いこみは、私のひねくれた性格に起因するもので、それは、「どおせ、オレなんか・・」という自動思考(なにかあると自動的に働く思考パターン)の原因になっていました。

私は、それまでの人生の中で、この「どおせ、オレなんか・・」という考えのために、いくつものチャンスを逃してきました。目の前にチャンスが巡ってきても、それをつかまえそこなったり、自ら降りてしまったりしたことが多々あったのです。また、私のプレゼンテーションは、ひねくれたものになり、いまいち説得力に欠けていたので、強いパワーで人を引っ張っていくということが苦手で、どちらかというと一人で仕事をこなしてくと言う方向を選択していたのです。まあ、表面上は、明るく元気にふるまってはいましたが・・。

退職の時のこの経験は、私の「どおせ、オレなんか受け入れられるはずがない」という歪んだ信念をかえていくきっかけになりました。

最近、当時会社で同僚だったみなさんと飲みに行く機会がありました。10数年ぶりに会う人もいて、なつかしかったです。みなさん、だいぶ偉くなって、おなかのあたりが豊かになった半面、頭の方はさびしいというおっさんになっていましたけれど、相変わらず楽しい人達でした。

向後善之

日本トランスパーソナル学会事務局長

ハートコンシェルジュ カウンセラー