自著紹介 : 子どもにいちばん教えたいこと 将来を大きく変える理想の教育

自著紹介 : 『子どもにいちばん教えたいこと 将来を大きく変える理想の教育
レイフ・エスキス著 菅靖彦訳 草思社
菅 靖彦 (本学会常任理事)

子どもにいちばん教えたいこと―将来を大きく変える理想の教育

 とても興味深い教育の本を翻訳したので紹介したい。

月並みな教育書ではない。教育の原点ここにあり、とうならせてくれる本である。いや、教育に限られるわけではない。人を育てる上で、いちばん大切なことは何かを、知らしめてくれる本だといっていい。

舞台はロサンゼルスのダウンタウンの中心に建つ全米で二番目に大きい公立の小学校、ホバート小学校。毎週のように校内でレイプや虐待が発生し、警官の姿が絶えることのないすさんだ学校である。そこの四年生が学ぶ56番教室で、奇蹟のような教育を行い、次々に優秀な人材を育てあげているのが、著者のレイフ・エスクィス先生だ。今、全米のみならず、世界でもっとも注目されている小学校教師の一人である。

ホバート小学校に通う生徒のほとんどは、ヒスパニック系やアジア系の移民の子どもたちで、貧困家庭に育ち、英語を第二言語としている。つまり、経済的にも、環境的にも、教育的にも大きなハンディキャップを背負わされているのだ。ところが56番教室の生徒たちは、アメリカの古典文学を次々に読破し、シェークスピアの劇をまったく省略することなくロック音楽に乗せて演じきり、標準テストではこぞってトップクラスの点数を取り、ビバルディの音楽を演奏し、アイビー・リーグの名門大学に次々に進学しているのだ。それだけではない。56番教室の生徒たちは、勉学や音楽に優れているだけではなく、独自の行動規範をもって行動するという高度な倫理観を普段から教えこまれており、エッ、今どきこんな礼儀正しい子どもがいるのと思えるほど行儀良く、親切な人間に育っているのだ。

レイフがそこまで子どもたちの能力を引き出し、バランスのとれた人間に成長させることに成功しているのは、一つには、「教室を第二のわが家に」というモットーの下、安心して学べる教室作りに専念しているからである。現在の教育の荒廃を招いている原因の一つは、「恐怖」に基づいて教育していることにあるとレイフは指摘する。しかし、恐怖や脅しに基づく教育は一次的に効果があるように見えても、長期的にみれば、荒廃を招くだけにすぎない。子どもたちとの間に信頼を築くことこそ教育の基盤にすえなければならないとレイフは考え、文字通りそれを実践しているのだ。

そのためにレイフが払っている努力は並大抵のものではない。ニュースデイ紙が「現代のソロー」と呼び、ニューヨーク・タイムズ紙に「天才兼聖者」と言わしめたこの教師は、自分のほぼすべての時間を子どもたちと過ごす時間にあて、正規の授業以外にも、朝六時半からの文法の授業、昼休みのギターの練習、放課後の映画鑑賞など数多くの興味深い課外授業を行い、子どもたちのスキルや学力の向上を手伝っている。生徒に月並みな人間ではなく、秀でた人間になってもらいたい。それがレイフの教師としての願いなのである。

いろいろな課外授業の他に、レイフが教育効果が高いということで、毎年、実践している大きなプロジェクトがもう一つある。それは、毎年、シェークスピアの劇を一つ選び、十ヶ月かけて生徒たちにセリフを一字一句残さず理解させた上て覚えさせ、完全版のシェークスピア劇を、ロック音楽に乗せて教室内で上演するというプロジェクトだ。それには56番教室の生徒だけではなく、他の教室の生徒も参加でき、先輩や卒業生たちも手伝いにやってくる。つまり、劇製作を通して、レイフは自分がめんどうをみた生徒たちの一大コミュニティを作り上げ、大学への進学や就職のことまで相談に乗ってやっているのである。しかも、毎年、上演される劇は驚くほど完璧なもので、今や、ローヤル・シェークスピア・カンパニーをはじめとする演劇界から注目され、世界各地から観客がおとづれるまでになっているのだ。その功績もあって、彼は全米の教師ではじめてナショナル・メダル・オブ・アート(アメリカ最高の芸術賞)を受賞した。他にもアメリカン・ティーチャー・アワードやダライ・ラマのコンパッション・イン・アクト・アワードをはじめとする数々の賞を受賞している。

 トランスパースナルという言葉は一度も出てこないが、これぞまさにトランスパーソナル教育だと訳しながら思った。是非、ご一読を。