ハコミとの出会いから20年 ~ マインドフルネスとラビング・プレゼンスによる 心と世界の平和を願って

Vol.18 No.3(2013年5月発行)掲載
ハコミとの出会いから20年 ~ マインドフルネスとラビング・プレゼンスによる 心と世界の平和を願って
高野 雅司(たかの まさじ)

 私がトランスパーソナル心理学という言葉を初めて耳にしたのは1986年。大学を卒業し、コンサルティング会社に就職して間もなくのことでした。

 米ソによる核軍拡競争まっただ中だった70年代に、高校生だった自分がふと抱いた「有史以来なぜ戦争はなくならないのか?」という素朴な疑問を出発点に、世界平和について考え続け、表面的にはつつがなく学生生活を送りつつも、心の中は常に悶々とした日々を送っていた大学時代。そこで自分なりにたどり着いた結論は、「政治やイデオロギーではなく、一人ひとりが『心の平和』を取り戻していくこと。より良い世界が生み出されていく道はそれしかない」という漠然としたビジョンでした。そんな想いを抱きながら、何ができるのかを考え続けるのですが、具体的にどんな仕事をすればいいのか見当もつかない…。そんな中、会社や組織の改善を目指すコンサルティングという業界に、何かヒントがあるのではないかと考え、とりあえず就職を決めたのです。

 入社してまもなく、アメリカにトランスパーソナル心理学という分野が存在することを知って、非常に興奮したのを覚えています。まさに自分が思い描いていたことにピッタリ!また、サイコセラピストという職業が確立されていることも知りました。その後、さまざまな心理系のワークショップやボディワーク、瞑想などを体験し、徐々にその世界の魅力に引き込まれていきました。同時に、仕事を通じて、会社組織を改善していくにも、結局は社員の意識変革にまで係わっていく必要があることを痛感。そして、とうとう会社を辞め、サンフランシスコ湾岸地域にある3つのトランスパーソナル系大学院のひとつ、カリフォルニア統合学研究所(CIIS)に留学。それは、ちょうど30才の時でした。

 アメリカに渡って間もなく、いくつかの共時的な出会いを経て、私はハコミセラピーを体験しました。初めてのハコミ体験で、どんな内容のワークをしたのかはよく覚えていません。しかし、ハコミの特徴であるマインドフルネスのゆったりとした流れの中で1時間の個人セッションを終えた後、私の中に最も強烈に残った印象は、「このワークはとてもいい!このセラピーは、きっと日本人に向いているはず!」という直感的な予感でした。

 日本でワークショップを受けていた中でも有益な気づきがあり、特に心と身体を一緒に扱っていく体験的ワークに対して、私は非常に魅力を感じていました。しかし一方で、ある種の「違和感」を感じている自分もいました。それは、たとえば自分の身体が発している何らかの微妙なメッセージを見つけ、それを声に出したり、動いたり、絵に描いたりするなどして、その意味に気づいていく時に、ワークを楽しみつつも、なにか乗り切れなさも感じることでした。いつも、どこかである種の「照れ」や「恥ずかしさ」を感じている自分がいたのです。

 その点がどこか気になりつつアメリカに渡った私にとって、初めてのハコミ体験は、とても新鮮な、いい意味で不思議な体験となりました。すなわち、日本で繰り返し感じていたようなワークへの「違和感」をほぼ感じることなく、ごく自然に深い内的プロセスへと入っていき、無理なく気づきを得ていけたのです。何故そうなったのか、その時はまだよく分かりませんでした。しかし、私にとって、ハコミをより深く知りたいと思うのに十分すぎる体験であったことは事実です。そうして、私の「ハコミ学び」の旅が始まりました。ワークショップをいくつか受け、正式なトレーニング・コースに参加し、ハコミのセラピストを目指していきました。

 ハコミセラピーは、アメリカ人のセラピスト、ロン・クルツ博士によって1980年前後に確立された、繊細かつ深い心理療法です。 仏教瞑想的なマインドフルネスの意識状態を初めて応用した心理療法のひとつでもあります。ハコミでは、マインドフルネスの意識状態を積極的に活用しながら、自分探しのプロセスを非常に丁寧に、無理なく援助していきます。実際、ハコミは東洋思想、特にタオイズムと仏教の影響も色濃く受けており、それを各種のカウンセリング理論、催眠療法、ボディワーク、有機システム論など、現代の西洋におけるさまざまな人間探求の試みへと統合した、極めて包括的な心理療法です。

 ハコミを本格的に学び始め、同時にアメリカという国や文化に対する理解を深めていく中で、徐々に私は「ハコミでの違和感のなさ」という自分の体験が一体どういうことだったのかを、自分なりに深く納得していきます。それは「東洋と西洋の文化の違い」と大いに関係のあることでした。アメリカに暮らし始めて強く感じた文化の違いのひとつは、本当に彼らはよくしゃべり、常に自分を表現しながら人と係わっていることです。それに比べると、自分がいかに表現下手かということは、授業でも日々の生活の中でもイヤというほど痛感させられました。一般的に、日本人(東洋人)は西洋人と比べて自我意識が弱いと言われますが、確かに自分も含めて多くの日本人は、自分を自由に表現することに慣れていません。日常的にそういうコミュニケーションをあまり取っていないのですから・・・。

 根本的なコミュニケーションのあり方が文化的に異なる、という点を深く実感したとき、日本で自分が感じていたワークでの「違和感」の正体が分かった気がしました。「そうか。自分が日本で体験したものも含め、ほとんどのセラピーは、西洋人が生み出したが故に(無自覚的に)西洋人のコミュニケーション・スタイルを前提にしたやり方になっていることが多いんだな。でも、それは日本人にとっては、ある種『不自然』なアプローチを強いることになる場合が多い…。その点で、西洋人が生み出したものではあるけれど、ハコミは『自己表現』よりもマインドフルネスという、ある意味で東洋的な『内省』的アプローチを中心に据えている点が、自分にとっても、よりしっくりきたんだろう」と。

 実際、そうした内省的で繊細なアプローチは、自己を表現することに不慣れな多くの日本人にとって、しっくりきやすいものでしょう。ロジャース派やフォーカシングのような非指示的で柔和な方法が日本で広く受け入られている理由もその辺にあるのかもしれません。また、マインドフルネスの状態に入ること自体が、自らの仏性的な本質や魂の声、もしくはいわゆる「高次の自己」やサイコシンセシスの創始者アサジオリが説いた「トランスパーソナル・セルフ」につながっていく道でもあるでしょう。そのとき、人の癒しのプロセスは自発的に動き出し、セラピストはそのプロセスを信頼して丁寧に寄り添っていきます。その意味で、ハコミは心理療法と瞑想との融合の試みとも言えるかもしれません。

 1997年夏、私は約5年間のアメリカ留学生活を終え、ほぼ無一文の状態で帰国しました。その後、ハコミ創始者であるロン・クルツ博士を日本に招き、ワークショップやトレーニング・コースを開催しながらハコミセラピーの紹介と普及を続けてきました。残念ながらロン・クルツ博士は2年前に他界されましたが、日本での実践の中で、「このセラピーは、きっと日本人に向いている!」という最初の直感は間違っていなかったと、深く実感しています。そんな私とハコミとの20年の中で、最近、特に力を入れているのが、ハコミの中心概念のひとつである「ラビング・プレゼンス」の紹介です。

 ラビング・プレゼンスとは、セラピストがまず自らを満たし、それによって生まれる意識状態や「あり方」を通じてクライアントとの信頼関係が作られていくという、ユニークかつ実践的な考え方とスキルです。なかなか言葉だけで説明するのは難しいのですが、まず自分自身が、目の前にいる相手の存在を感じ、その時の自分にとっての目には見えない「糧」を積極的に感じ取ろうとし、その糧を取り入れることで自分の中で起きてくる「心地よさ」(喜び、暖かさ、躍動感、リラックスなど)をじっくり味わい、自らを深く満たしていきます。すると、自らの心地よさのきっかけを与えてもらった相手への自発的な感謝の感覚とともに、その存在を尊重し、受け入れようとする気持ちや姿勢が自然に生まれてきます。そして、それが相手に伝わっていくことによって、深い安心感に裏打ちされた関係性の場が無理なく創られていくのです。

 この「自分の方が相手から何かを得ることを優先する」という考え方は、多くのセラピストにとって革新的なものでしょう。通常、セラピストの心の中には、自分は「与える側」というイメージが根強く潜んでいます。しかし、ハコミでは、積極的に「受け取る側」となり、自分自身が満たされ、鼓舞されることを優先させるのです。実際、日々活用している中で、非常に自然な形でクライアントとの信頼関係が確立され、癒しのプロセスが前に進んでいくための極めて有効な手段だという強い実感を持っています。相手を受容しようとかきちんと共感しようなどと意識しなくとも、自分を満たしていく作業をしていれば自然にそうした意識状態になっていくという逆転の発想は、セラピストの気持ちをとても楽にしてくれます。さらに、常に自分を満たすことから始めることによって、「燃え尽き」を未然に防いでくれることにも繋がります。

 また、ラビング・プレゼンスは、心理療法の分野だけに留まらず、さまざまな対人援助の分野(教育、医療、福祉など)や、日常のあらゆる人間関係にも応用が可能です。日々の生活の中で、自分でちょっと意識さえすれば常に自分自身を元気にしてあげることができ、同時に人とのより豊かな関係性を築くための大きな助けともなってくれます。その意味で、私にとっては、ラビング・プレゼンスこそ、「一人ひとりが『心の平和』を取り戻すことで、より良い世界が生み出される」という、自らの原点にある想いを実現するための重要なカギとなっています。そのため、2011年には、新たに「日本ラビングプレゼンス協会」を設立しました。今後のライフワークのひとつとして、ラビング・プレゼンスを可能な限り多くの人たちにお伝えしていくべく、新たな意欲を燃やしているところです。

 ハコミを通じて出会った、マインドフルネスとラビング・プレゼンス。マインドフルネスは、自分自身を大事に扱い、自分と仲良くなるための基本中の基本であり、ラビング・プレゼンスは、さらに積極的に自分自身を満たしながら、人との関わりをより味わい深いものにしていくための実践的な方法です。これらは、誰にとっても生きていく上での大きな財産になりうるものだと感じています。気がつけば、私もはや50才となりましたが、今後もこれらをさまざまな形で広く伝えていくつもりです。そして、一人ひとりの方に日々実践していただくことで、30年前の自分が思い描いた原点の方向へと、世界が少しでも近づいていってくれることを願う今日この頃です。

*6月23日(日)13:00〜 阿佐ヶ谷にてセミナーを行います。ぜひお越しください!
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