特別寄稿 起こってしまった現実を受け入れる 高岡よし子

特別寄稿
起こってしまった現実を受け入れる
高岡よし子

  3.11の東日本大震災は、阪神淡路大震災を上回る被害をもたらし、きわめて深刻な原発事故を招きました。私たちは個として、死を意識することがありますが、今回は、少なくとも日本全体として、集合的レベルで死と向き合わざるを得ない、特異な状況です。

 巨大な地震や津波は、自然のもつ圧倒的なエネルギーに対して、人間がいかに小さな存在かを見せつけます。多くの死傷者を生み出し、日常生活が破壊されることがいかに理不尽なことであっても、自然自体は残酷な訳ではなく、ただあるがままなのです。どんなに悲惨な現実であっても、受け入れていくしかありません。

 一方、人災としての要素が色濃い原発事故。これまで、核戦争の可能性や環境の危機が私たちを持続的に脅かしてきたとはいえ、これほどの国家的危機、そして地球規模での深刻な汚染が急激に起きたことに対し、私たちには十分な心の準備がありませんでした。起きていることに対し、未だに心が追いついていないのが実状でしょう。

 こうした原発事故は、はたして修復可能なのかと思えるほどの長きに渡って環境を汚染し、その上に成り立っている生活、文化、産業を破壊し、将来に対する希望や意欲を低下させるという精神の荒廃をもたらしかねません。

天災、人災を問わず、健康や生命に対する脅威、そして生活の不安に現実的に対応していくのはもちろんですが、起きている現実をどのように受けとめていくかという心の問題も重要です。

 私がティム・マクリーンと運営しているC+F研究所では、エニアグラムやバイロン・ケイティ・ワーク、ホロトロピック呼吸法、禅などの手法を統合的に提供しています。

 その中で今回、とくにご紹介したいのは、ストレスや苦しみを引き起こしている自分の考え(ビリーフ)を特定し、一定の手順を通じて探求することを通じ、現実をあるがままに見、受けとめていくバイロン・ケイティ・ワークというものです。(ティム・マクリーンは、このワークの公認ファシリテーターです。)
 シンプルなメソッドであるにも関わらず、短時間でも往々にして、劇的といえるほどの深い気づきと具体的変化をもたらすことにより、世界中で大きな反響を呼んでいます。一般の方だけでなく、これまで、さまざまなボディ/サイコセラピーを学んできた専門家が高く評価していることが印象的です。

 このワークは、アメリカ人バイロン・ケイティが、自らの長年に及ぶうつ状態から回復するプロセスにおいて独力で生み出したものです。彼女がある朝、目覚めたとき、世界についての自分のあらゆるストーリー(ビリーフ)が消え失せていました。そして、何かについて、そうあるべきではないと考えているとき、自分が苦しむことを発見しました。「〜すればよかった」、「〜しなければよかった」、「〜は〜であるべきだ」といった考えのように、あるがままの現実と闘うことが苦しみをもたらすというシンプルながら深い真実に目覚めたのです。

 彼女が開発した4つの質問と「置き換え」というワークの手順は、ストレスや苦しみをもたらす自分の考えが本当か、そして、そう考えるとき、どういう反応が起きるか、その考えがなければどうなるか、という問いかけを行っていきます。それから、自分の考えと反対のことがあり得るかを見ていきます。

このワークは、自分の考えと、その結果として起きる感情からの「脱同一化」を自然に促すねらいがあります。考えを変える必要はなく、自分にとっての心の真実を「探求」していけばいいのです。自分の思考や感情との同一化が外れると、心の平和や意欲、問題解決のための新しい視点が生まれてきます。
 私自身、今回の原発の問題について、ワークをしてみました。ここ1年ぐらい、原発について、人類が抱える最大の問題として自分の中で危機意識が高まっていたにも関わらず、防ぐことができなかったことに無力感や怒りを感じていました。「こんなことは起きるべきではなかった」という思いにとらわれていましたが、ワークのプロセスを通じて、私は、ここまでひどい事故を起こすことで初めて、多くの人が原発の問題に関心をもち、危険性を理解してくれたということも事実であることをやっと認めることができました。もちろん、このワークは、事故を正当化するものではありませんし、ただ気休めを見つけるものではありません。自分が望んだ現実ではありませんが、それでも現実として受けとめることにより、考えや気持ちがクリアになり、前へ進む意欲も出てくるのです。

 バイロン・ケイティは、一般的な問題のみならず、強制収容所からの生還者や囚人、中東の紛争の当事者、レイプの被害者など、過酷な現実を生きてきた人たちとのワークも行ない、絶望的な状況においても人が生きる意欲を取り戻し、再生していく助けとなっています。また、社会運動に関わる人が陥りやすい、「敵/味方」という二元論を超える解決の助けともなっています。

 バイロン・ケイティ・ワークは、カウンセリングやコーチング、ビジネスなど幅広い分野で活用されています。詳しい内容については、彼女の新刊『ザ・ワーク』(ダイヤモンド社、監訳ティム・マクリーン、高岡よし子)を参考にしていただければと思います。 

 今、私たちが日本で体験している状況は、将来想定される深刻な環境やエネルギーの危機が早めに急激に起きたといえる側面もあるでしょう。日本が先んじてその試練を受けていることに何らかの意味があるのなら、この困難な状況を切り抜ける心性を見出し、これからの世界に役立てられればと願っています。