自著紹介 『インテグラル理論入門II』

自著紹介
『インテグラル理論入門II-ウィルバーの世界論』(春秋社)
久保 隆司(本学会常任理事)

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2010年11月に『インテグラル理論入門II-ウィルバーの世界論』(春秋社)が出版されました。当学会の理事四人(青木 聡、鈴木 規夫、甲田 烈、そして私・久保)による共同執筆です。共著者の一人として、この場を借りて本書を紹介したいと思います。この本は同年4月に出版された『インテグラル理論入門I-ウィルバーの意識論』の続編であり、いわば中級基礎編です。

一巻目の『ウィルバーの意識論』では、初めてインテグラル理論やケン・ウィルバーに触れられる読者も考慮し、トランスパーソナル学分野における最大の理論家であったウィルバーの略歴や丁寧なブックガイドなども盛り込みながら、インテグラル理論の基礎を概説いたしました。特に、「世界を読み解く5つのポイントを解説しながら、主として個人の内面世界に焦点を当て」たものです。結果として、統合的な心理学または意識論の教科書と呼べるような堅実な内容の本として、一定の評価を得ることができたようです。

さて、この第二巻の副題は、『ウィルバーの世界論』です。前著の基礎の上に、世界、つまり個人と集団の内面と外面のすべての領域(四象限)を、見ていくことを意図したものです。本書は、「存在の大いなる連鎖」を軸にしたインテグラル理論の思想的展開の概説である第一部、しっかりとした批判的な目で現代社会の諸問題を考察する第二部、ILP(インテグラル・ライフ・プラクティス)、心理療法などの実践的なアプローチに焦点を当てる第三部によって構成される読み応えある著作となりました。

ウィルバーの本は難しいという感想を耳にすることもあります。しかし、心理学や瞑想の実践などが元となって組み立てられているウィルバーの文章は、くどいと思われるほど丁寧な記述であり、むしろ誤読することが困難なほどです。もちろん、ウィルバーを深く理解することはある意味とても難しいことで、神秘体験や修行体験が無いと真に理解することもできない記述もあるでしょう。しかし、多くの読者は、そのような意味での難しさについて語っているのではないと思います。おそらく、難しいというよりは文章量(情報量)が多く、圧倒されることが、多分に「難解である」という印象を与えている理由なのでしょう。

このような問題を多少なりとも解消する手立ての一つが、日本人の手によるインテグラル理論の入門書・概説書の出版計画でした。本書がいままでウィルバーの本を手に取ったことの無い方、またウィルバーの本が苦手であった方にとって、多少なりともお役に立てるものであると考えています。

『インテグラル理論入門I ・II』はインテグラル理論の入門書です。文内容自体は基礎の理解を重視したものになっています。往々にして、基礎の理解が一番手間のかかるワークです。世界中の多くの問題意識を持った人たちとさまざまな意見交換を楽しむことのできる意識の基盤の提供を意図しています。議論のテーマは、政治、経済、医療、哲学、宗教、心理、環境、科学、社会、組織、芸術、恋愛などなど、この世のすべてです。さまざまな職種・年齢・背景の方に読んでいただき、さまざまなシーンで、インテグラル理論という共通言語を使うことで、建設的で、調和の取れた議論、語らい、勉強会、イベントなどのつながりの場が増えれば素晴らしいことです。

インテグラル理論はこの世界を生きるための地図です。理論は現実そのものではありません。地図上でルートを検索したり、知らない土地に思いを馳せたりすることも練習としては意味がありますが、地図の真価は、実践において携帯され、使用されるところにあります。地図の中には表記が現実と微妙にずれていたり、調査中であったり、未開地の部分もあったりして、実際に歩きながら修正が必要だからです。

インテグラル理論は、理論と実践とは不可分であると主張します。つまり、理論とは実践されることによって、その正しさや不具合が証明され、そのフィードバックによって私たちの意識は更に前進することになります。本書を読む(=インテグラル理論を学ぶ)こと自体が、即「ILP」でいうところの「マインド・モジュール」の最も優れた訓練(または修行)の一つを実践していることを意味します。実践を通して批判的に検証していく作業が重要であり、それは貴重なILPのプロセスであります。同時に、正確な地図は、現実を的確に効率よく知るために必要であることも真理です。人生は地図無しに試行錯誤するにはあまりに短すぎ、時代は早く進みます。

インテグラル理論は、この世のすべての人にとって、有益なものを提供できる万物の理論です。研究者や、一部のマニアのためのものではありません。よい意味でも悪い意味でも、自分は既に人間として出来上がってしまっていて、変容や意識の発達などとは無縁であると思っている人がいるとすれば、そういう方にこそ読んでいただきたく思います。死の間際ですら、自分をもう一度検証していくことに遅いということは決してありません。公私にわたって、物質経済至上主義が生み出す無力感や、不安感に危惧を感じている人たちにも、また、目の前に広がる新しい地平線の存在を知り、より遠くまで見通してみたいという情熱を持っている人たちにも、インテグラル理論に接してもらうことで、世界が本質的、構造的に抱える矛盾・問題点と目的・可能性を少しでも明確に理解していただき、より多くの新たな変容の動きへとつながっていくことを、筆者の一人として願っています。