書評:『はじめてのカウンセリング入門』
書評
諸富 祥彦(著)『はじめてのカウンセリング入門』誠信書房
辰巳 裕介(本学会常任理事)
「カウンセリング」と聞いてあなたは何を想像しますか?
多くの人は「悩みを解決するもの」と答えるでしょう。しかし、この欄を読んでいる方は「自分をよく知るためのもの」と思った方が多いと思います。本書はそんなあなたのためにあります。
本書は、著者が大学院、あるいは勉強会(セミナー)などで行ってきた内容をコンパクトに15章にまとめたものです。難しい言葉をできるだけ排除し、丁寧に、そして直球で「ズバッ」と語られています。そしてカウンセリングの入門書によくある、理論の紹介だけだったり、「こうすればカウンセラーになれます」と言った安易なものでもありません。著者が得意とする分かりやすい親しみのある文体で、これまでの心理学、著者の専門であるロジャーズだけではなく、精神分析、行動主義までをも振り返ります。それらを踏まえた上で、「カウンセリング」の中心には「クライアントの話を丁寧に聞くこと」、つまり「傾聴」であると言います。そして、その「傾聴」を身につけるためのトレーニングが詳細に書かれているのです。
著者はカウンセリングを「人生のさまざまな問題に直面し、苦しむことを通じて、心の声に耳を傾け、多くの気づきと学びを得て自己成長をとげていく体験のプロセス」であると定義します。つまり、「悩み苦しみを通しての自己成長学」として存在し、その学問と技術がカウンセリングであり、その基板となるのが傾聴であると言い切ります。ここまで明快に書かれてしまうと、脱帽としか言いようがありません。
この「傾聴」を体系的に学ぶことができる。それこそが本書が他のカウンセリング本と大きく異なっている点です。特に下巻の「ほんものの傾聴を学ぶ」には、初公開となる「5ステップ式トレーニング」が掲載されています。シンプルながらとても分かりやすい傾聴のトレーニングマニュアルとなっており、その実践例もあります。実際のトレーニングで迷いこんでしまう失敗も、これらの事例を読めば、なぜ間違ったのか、何が違うのかが納得できます。読者が迷うだろう部分も想定して先にフォローをする、そんな丁寧な仕掛けもある。下巻のこの部分だけでも、「買い」だと私は思います。
もしかしたら、本書を読み、カウンセラーを志望する方が増えるかもしれません。人の心の暗闇にそっと耳を傾けたり、そのサポーター役として自分が役に立てることは魅力に感じるものです。読み進めるにつれて、どうしても「自分は心の声に耳を傾けるのが得意かもしれない」と確信される方もいるかもしれません。
そこでも著者は逃がしてくれません。カウンセラーへの道のりは「かなり長く険しい修行の道」であると、釘を刺します。
なぜなら、カウンセラーは、「クライアントが自己探索をおこない自己成長をとげていく、その体験の「器」として」存在することが必要であり、その深さによっては、「この人は、自分のこころを適当にごまかして生きてきた人だな」とバレてしまうと、もう次の週からクライアントは来てくれなくなる」ものであると言います。つまり、自分のなかの醜さや嫉妬深さなどの「闇の部分」をどれだけ見つめ、それをどう生きてきたかが、カウンセラーとして大切となる。それと向きあうことは、「修行」にも似ている。
実は、この言葉は、私が大学院に進学するときに著者から言われた言葉でもあります。
著者は、カウンセラー養成課程は別として、セミナーなどにおいて、万人にカウンセラーになることは求めていません。カウンセラーではない方には、自己成長学としての学問と技術を学び、よりもっと深い気づきが、いろんな人にもたらすことができたらいいと、感じているのではないかと私は今でも感じています。私は現在、学校教員として働いていますが、その「修行」の一端を経験できたことは、とても幸せでした。また今でのその末端に座らせてもらっている気持ちすらあります。絶えず心を掘り下げることは、私にはとうていできない。でもその技術と経験と学問は持っている。そんなちょっとした「自信」が、今の私を支えている気がします。
カウンセリングが自分を知るためのものと感じ方。ぜひ手にとってみてください。