インテグラル訪問記

インテグラル訪問記
久保 隆司(セラピスト:米国バークレー在住)

2007年の3月22日から25日の4日間、コロラド州のデンバーとボルダーを訪れた。ロッキー山脈の裾野に位置する地域である。ケン・ウィルバーが設立したIntegral Institute(http://www.integralinstitute.org/)主催のIntegral Leadership in Action(ILIA)の会議と連動したJohn F. Kennedy University(http://www.jfku.edu/)とIntegral University(http://www.integraluniversity.org/)による共同プログラムの集中研修に参加するためであった。

実はこの地域を訪問するのは、これで3回目である。1回目は2003年の夏にボルダーのケン・ウィルバー宅において2日間に渡って開かれたJohn F. Kennedy University主催のセミナー、2回目は2005年の夏にNaropa University(www.naropa.edu/)で開かれたハコミ会議、そして、今回(2007年春)である。ボルダー地区は、合衆国でも、サン・フランシスコ・ベイ・エリアに次いで、心理療法、スピリチュアリティの盛んな土地といえるところである。今回の当地訪問の最大の目的は、もちろんケン・ウィルバーとの会合であるが、その他に、Suzanne Cook-Greuter博士のワークショップを含むILIAの行事への参加や、全米のみならず、カナダ、オーストラリア、イギリス、アイルランド、スペイン、ペルーなど世界各地から集まった学友との半年振りの再会などである。

3日間のILIAの会場は、ボルダーのウエスティン・ホテルである。初日の午前中は、Integral Instituteの教員による「アドバンスド・インテグラル理論」の講義。ここでは詳細にふれる余裕も、また、うまく説明できるほど理解もしていないのであるが、ウィルバーの近著『インテグラル・スピリチュアリティ』(2006)の内容が主観比で3倍(?)複雑になった感じである。従来、様々な学者による実証的な研究がウィルバー理論を裏付ける証拠として多く使われてきたが、今回の講義の内容は、最先端すぎて、ウィルバー以外に研究している人がいない! バックアップする研究は30年ぐらいの内には出てくるであろうとのこと。さすがアドバンスというべきか。

午後からは、ILIAとの共通プログラム。まず一時間半ぐらいかけての自己紹介。参加者は(もちろん会議の趣旨から予測できることではあるが)、コーチング、コンサルティングや教育関係者が多い。百名ぐらいの参加者であったが、アジア人は私ひとりである。参加の条件は、過去にIntegral Life Practice(ILP)など、Integral Institute主催のワークショップに参加したことである。

午後のメインは、Suzanne Cook-Greuter博士のワークショップ。彼女は、インテグラル理論とも何かと関係の深いハーバード大学の発達心理学で博士号をとったスイス人研究者であり、ウィルバーも度々彼女の発達理論に言及している。インテグラル理論は、ある意味、「スパイラル・ダイナミクス理論離れ」(?)(と言っても、否定ではなく、良く理解・吸収することは非常に大切ですが、万能的な理論としては扱わないということです。誤解なきよう!)の最中でもあるので、今後、インテグラル・コミュニティ内では、彼女の発達モデルがもっと注目を浴びるのかもしれないなどと想像した。さて、このワークショップでは、分かりやすく各発達段階についての説明がなされ、また企業などの組織変革への応用の成功例と失敗例などの紹介が、助手の人からなされた。最後の方では参加者が小グループに分かれて、文章完成法(Sentence Completion Test)に基づく発達段階のクイズをする。個人的には、“Individualist”(スパイラル・ダイナミクスのグリーン段階に相当)と呼ばれる段階の説明が自分にはしっくり来たが、今回はこの段階以降の段階についての解説は無かったので、最適なものかどうか詳しくはわからない。現時点で自分が最も興味ある発達段階が、この段階から始まるケンタウロス段階でもあることも、関係しているのであろう(尚、このテーマの拙論を近々JTAの研究誌に掲載予定です)。

24日の土曜日は、昨晩から続く小雨模様である。ウィルバーを新居に訪問する待ちに待った日である。3年弱ぶりの再会となる。ボルダーの住み慣れたロフトから、デンバーの新しいロフトへの引越し作業がほぼ終わった頃のようである。ご存知の方も多いであろうが、昨年の12月に(持病からくる)突如の発作でウィルバーは危篤状態になり、デンバー市内の病院のERに担ぎ込まれ、死線を彷徨った。ウィルバーの最大の理解者であるロジャー・ウォルシュも当日の全ての予定をキャンセルして急遽駆けつけるほどのかつてない危機的状態であった。実はこの2日後に、私を含むインテグラル理論学科の学生とウィルバーとの電話会議が予定されていた。もちろん会議はキャンセルになったのだが、替わりに、ほぼリアル・タイムでウィルバーの病状がこちらに伝わってくることになった。しかし、絶望的な状況がますます明らかになるばかりである。当時、私たちにできることは祈ることでしかなく、自主的に昏睡状態のウィルバーへのメッセージを皆で書くことになった。これらは、ウィルバーに渡されたはずである。この4日間に渡るコーマ状態からの奇跡的な回復からまだ間も無いのに、今回、私たち20余名のために時間を割いてもらい、ひたすら感謝である。

さて、エレベーターの扉が開くと、写真スタジオ風の空間の中に、うつむき加減のウィルバーの右後頭部が、ごく自然な感じで、突如視界に入ってきたので、思わず息が止まる。打ち合わせが終了したばかりのようで、ウィルバーは椅子に座り、長身の体を折りたたむように前屈みになって、ノートに何か(図?)を書くことに集中していた。ウィルバーは元気である。といっても今まで以上に、健康管理には気を配らないといけない。免疫機能を下げる病魔に侵されているため、風邪を引いている人は面会できない。私は、人前では(前日から)咳をひとつもしないように気を付けた。今後しばらくは、健康上の問題から、彼が外に出る機会は減るだろうが、電話・ネット等での外部との接触は従来どおり続くと思う。

健康面では非常に深刻な問題を抱えているとは言え(もっとも、ウィルバー自身によると、昏睡状態を含む身体的な麻痺状態になる機会に恵まれているおかげで、瞑想の時間として有効活用できるとのことであるが)、彼の力強いトーク、ユーモアには些かの変化もなく、笑いにも溢れ、楽しくも密度の濃い時間を共有することができた。ウィルバーは12月下旬の自身のブログに、喋ることに後遺症が残るかもしれないと書いていたように記憶するが、幸いなことに全くの杞憂であったようである。それどころか「臨死体験」を経て、ますます自らの使命に確信を持ち、力強くなったかのようである。また、個人的にも、直接質問の機会も持つことができ幸せである。三年ほど前、ボルダーで初めて面会した時は、私にとって、ウィルバーは、眩い太陽であり、直視することは危険ですらあったが、今回は月のようであり、皆をやさしく包んでくれているようであった。個人的には前回の面会とは違った意味で非常に感慨深い。

最初に、ウィルバー(東芝製のプラズマ大画面テレビを背に、素足にローファー、ジーンズ姿でチェアに座る)は、「何でも聞いてくれて結構である。インテグラル理論についてでも、個人的な悩み事の相談でも、全てウェルカムだ。」と来訪者の私たちに言ってくれた。彼の心遣いが感じられた。最初の質問者のSの質問が、コスモス三部作(第一部は、“Sex, Ecology, Spirituality: The Spirit of Evolution”、邦題は『進化の構造』)の第二部の抜粋Gに見られる微細体(subtle body)や転生(reincarnation)に及んだことや、また、前述の12月の体験もあり、結局、全体の七、八割ぐらいは転生関係の話となった。ウィルバーは、光のトンネルとかも見たが、もちろん事前にわかっていることなので、確認しただけで、そちらには行かず下っていくことにした(云々)と自らの体験を語った。

また、ウィルバーは、トランスパーソナル段階が非常に大切なことはいささかも変わらないとも述べた。しかしながら、大衆の意識段階において最も進んでいる社会のひとつである合衆国においてでさえ、人口の大部分(8割以上)は第二層(Second Tier:ケンタウロス=ビジョン・ロジック段階に相当)どころか、グリーン段階にすら達していない。また、合衆国では、残念ながら、いまだに「生まれ変わり」を認める人は全体から見ると非常に少ない。このような現状下では、自分の著書で「転生問題」に関し積極的に言及することを、あえて避けてきたとウィルバーは述べた。「生まれ変わり」を強調しすぎると読者の半数が離れる可能性があり、現時点では、まず少しでも多くの人がインテグラル段階の社会への移行をする手助けをすることの方が人類にとって急務であり、「転生」の受容を求める必要はないからである、と。また、仏教にしたところで、アメリカ仏教の多くは、いわゆる「団塊世代症の仏教」(Boomeritis Buddhism)である。本来、仏教の基本は「無我」のはずなのに、逆に「私」の悟りに固執する「有我(?)」のものなってしまっているのは非常に残念であると語り、何も今生の内に全てを悟ろうとする必要は無いのだが、と付け加えた。

私も機会を得、関連するトピックとして「異種間における魂の転生問題」について質問したが、ウィルバーに「ウォー、アメリカでは、その質問はイリーガル(非合法)になっている」と冗談めかして言われ、盛り上がった。また、ロンドンから来た学友のNは、「あなたは、また生まれ変わってくるのですか?」とケンに尋ねた。ウィルバーは「イエス」と短く答えた。最後に、ウィルバーの後頭部を拝みながらの集合写真を撮った。こうして私たちの3時間あまりの会見は楽しく無事に終えることができた。

さて、ILIA会議に関しては、その他に、禅の修行僧だったDiane Hamiltonによる“Big Mind”(米国人禅僧Dennis Genpo Merzel老師の開発した禅の問答やヴォイス・ダイアログなどを組み合わせた自己探求の手法で、ILPの代表的なもの)や、インテグラル・セラピストであるWillow Pearsonの講演など、様々なイベントがあったことを付け加えておく。“Big Mind”に関しては、受けるのが三回目でもあったせいか、または私には(日本人には?)合わない部分があるのか、友人たちが語るほどには感激しなかった。その翌週もボルダーでは引き続き「インテグラル・禅」や「インテグラル・ボディワーク」などの集中ワークショップが開かれたが、私は他の予定があり、少し早めにサン・フランシスコへの帰途に着いた。

今回の訪問の最大の収穫は、言うまでもなく、この眼でウィルバーの元気な姿を確認できたことである。単純に、ウィルバーのような人物と同時代に生まれ合わせた私たちは非常にラッキーであると思う。彼には少しでも長生きしてもらいたいと切に願う。もしJTAの会員の中で、ウィルバーの本をあまり読んだことの無い方がおられたら、もったいないので、是非とも一度手にとって見て欲しい。例えば、『存在することのシンプルな感覚』(春秋社)は、ウィルバーの様々な著作からの抜粋集であるが非常に入りやすいと思う。

最後になるが、ウィルバーは、人生において大変な逆境にも会っているが、それを決して否定的に捉えず、常にユーモアを忘れず、自然体で肯定的に捉えて先に進んでいる。このような彼の真摯な姿勢にあらためて非常な感銘を受けたことを記してこの訪問記を締め括りたい。