アメリカ・トランスパーソナル心理学会2006年度大会参加報告

アメリカ・トランスパーソナル心理学会2006年度大会参加報告
井上 ウィマラ (本学会理事)

2006年9月7日から9日まで、カリフォルニア州のパロアルトで行われたアメリカ・トランスパーソナル心理学会(Association for Transpersonal Psychology・ATP)(http://www.atpweb.org/)の2006年度大会に参加しました。会場は、Unity Palo Alto Community Churchをメイン会場として、Institute of Transpersonal Psychologyとの2つの会場で行われました。アメリカ・ブラジル・ロシア・メキシコ・イギリス・日本などの国々から200人以上の参加者が集まり、基調講演のほかに40を超えるワークショップや発表、ポスター・セッションが行われました。

前夜祭として、「トランスパーソナル心理学における女性の智慧」というシンポジウムが行われました。シンポジストたちの発言から、フェミニズムの3世代にわたる流れや聖なる女性の伝統などがトランスパーソナル心理学にどのような影響を与え、人間の発達と変容における独特な智慧の道へと導いたのかの経緯が感じられました。

今回は、ウイリアム・ジェイムズが「トランスパーソナル」という言葉を使ってから100年を記念しての大会だったこともあり、ジェイムズに関する研究発表の他に、カール・ユング、ロベルト・アサジオリ、オットー・ランクなどがトランスパーソナルに与えた影響を吟味する発表が多くありました。

私は、「ユングのトランスパーソナル心理学への貢献について」という発表に参加しました。ユングの個性化に関連して、想念やメタファーやシンボルの様式がもつ認識論的な役割について洞察すること、シャドウの部分を回復することがトランスパーソナルな病理に対する修正作用として働く可能性などが検討されました。乳幼児の心理的発達と元型やシャドウとの関係について質問を出してみると、参加者の中から対象関係論の流れにつながるものとしてのユング研究の視点についてのコメントが出されました。
 心理療法とスピリチュアリティーに関する議論の中では、スピリチュアリティーを隠れ蓑として自分自身を見つめる作業から逃避する危険性が指摘されました。瞑想指導者やグルやスピリチュアルなリーダーたちが心理療法を受けること、心理療法に対する理解を深めることが弟子をよりよく指導することにつながり、スピリチュアルなハラスメントを防ぐことにつながるということが語られました。

8日の晩には、トランスパーソナル心理学におけるメディアの役割と題して、2つの映画が上映されました。ひとつは死の臨床に関わるトランスパーソナル心理学関連の専門家たちへのインタビューを綴った“In the Heart of the Deathless”、もうひとつはトランスパーソナル心理学の歴史を追うドキュメンタリー“Science of the Soul”でした。特に、前者はとても感動的なもので、ぜひ日本に紹介したいと思いました。

昨年の大会が「死から学ぶ精神」というテーマであったためか、死とその過程に関する実践的なテーマを取り扱った発表も少なくありませんでした。

大会の最後には、Jeanne Achterbergによる「トランスパーソナルな癒しの今後100年にむけた展望」についての講演がありました。私たちの世代がどのような道を選ぶかによってこれからの歴史が大きく変わる可能性があります。私たちは自らの思考や祈りや意思によって時空の束縛を超えて互いを癒すことができます。トランスパーソナルな癒しの次元が、医療と心理学の将来に大きな影響をもたらす可能性があります。そのためにも、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging・機能的磁気共鳴画像法)などを使ったEBM(Evidence-Based Medicine・科学的根拠に基づく医療)的な研究との連携、環境心理学などを介して社会参加や貢献を深めてゆくこと、リーダーシップやコーチングなどの方面における活動も重要になるでしょう。

アメリカのトランスパーソナル心理学会は会員が減少しつつあります。当初の使命を果たし、これからはメインストリームと切り結び、社会変革の一端を担っていけるかを模索する時期に来ている様子です。ヨーロッパやアジアでは、トランスパーソナルへの関心が増加しつつあります。これからのATPは、ヨーロッパやアジアのトランスパーソナルの流れと連動して世界的なつながりを構築してゆくことを目指し、来年度はインドで大会を開く予定です。

私自身は、最終日に“From Buddhism to Spiritual Care” というテーマの発表をしました。会長のデイビッド・ルコフ氏も聞きに来てくれて、医師たちからのよい反応もあり、励まされました。アメリカでは医療などにおけるサイケデリックスの使用が再び認められる可能性があるそうですが、日本ではそれに代わるものとして、仏教や神道や修験道に伝わるスピリチュアリティーを覚醒させる実践法をどのように掘り起こし、社会的資源として活用してゆけるかが日本のトランスパーソナル心理学の独自性を開いてゆくためのひとつの可能性なのではないかと思いました。