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書評:存在することのシンプルな感覚

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掲載号:vol.11. No.2

書評:存在することのシンプルな感覚 (ケン ウィルバー ,春秋社)
小林 真行(本学会常任理事)

存在することのシンプルな感覚

ケン・ウィルバーという人について何がしかの説明を試みようとする時に、まず頭に浮かんでくるのは、彼がこれまでに提示してきた一連の意識モデルである。それはたとえば、アイデンティティの収縮・拡大という観点からの『意識のスペクトル』モデルであり、発達心理学を応用した『アートマン・プロジェクト』のモデルであり、また、『進化の構造』で示された四象限の図であったりするのだが、このようなモデルは便利である反面、ウィルバーのものを読んでいる最中に感じる「何か」を伝えるにはあまりにも簡約化され過ぎており、どうにももどかしい感じをぬぐえない。ウィルバーの本当に面白いところは理論モデルの部分だけを抜き取ってきても説明できない、理論を含め、読むという行為に没頭しているうちにハッとさせられるような何かがあるのだ、と薄々感じてはいても、それをどのように言語化したらよいのかがわからず、結局、理論モデルの説明に終始したり、単純に「どれでもいいから一冊を終わりまで全部読んでみて下さい」としか言えなかったりと、そんな経験が何度かある。

本書『存在することのシンプルな感覚』は、これまでに出版されてきたウィルバーの著作の中から、理論的な側面ではなく、むしろ、ウィルバー自身の体験的・実践的な文章を中心にして抜粋・編集されたものである。ここに収められているのは、彼が提示してきたいくつもの理論モデルの背景にある、彼自身の日々のあり方を反映した生の声であり、もっと言えば、彼自身が立っている深みから発せられた率直な視点である。言葉を替えれば、それは、「今、ここ」に現前している「スピリット」からの視点である。ある時には数行の、またある時には数十ページにも渡る選りすぐりの文章を読み進めていく中で、読者は、「スピリット」とはどこか遠く離れたところにある到達すべき何かではなく、常にすでに、自らの内にも外にも存在するものであるという静かな直観へと導かれていく。

ウィルバーという人物に対するイメージは様々だと思うが、一般的には、論理的・理知的な理論家というものであったり、あるいは包括的な統合理論の構築を目指す野心家というものであったりと、「知」を中心としたイメージが強いと思われる。本書では、そうした側面には敢えて焦点を絞らず、それ以外の、一求道者としての彼が常に他者と分かち合おうとしてきた、より体感的な風景に比重を置いている。また、ウィルバーの個人的・自伝的な回想(『グレース&グリット』『ワン・テイスト』)からの文章や、これまで未訳であるエッセイや小説、別の作者の著作に対する序文といった目新しい文章も含まれており、相対的かつ具体的なこの現実世界に対し、彼がどのような感性をもって向き合っているのかをうかがい知ることができる。書名にある通り、この本は「感覚」を立脚点にして編まれているのである。

現在までのところ、英語原書での全集「ケン・ウィルバー集成」は、全八巻が刊行されているが、彼の執筆の勢いはまだまだ衰えを知らず、今日までに邦訳されてきたものでも、編著を含めるとすでに15冊を超える。が、ウィルバーという人の旺盛な「知」を支えているのは、何よりもまず、禅仏教を始めとする修練の実践であり、本書では、そうした実践の中から立ち上ってきた直截的・瞑想的な文章が多数収められている。

始まりと終わりを伴う変性意識状態や人目を惹く特殊な体験、無限に拡大する意識の諸階層などを追い求める行為自体は、ウィルバーの主眼ではない。彼のポイントは、むしろ、日常の喜怒哀楽を含め、それら移り変わりゆく様々な状態の基底にある中心点を指し示すことにある。少しずつゆっくりと読み進めながら、その「一味(ワン・テイスト)」を染み込ませるようにして味わっていくのも良いかもしれない。訳者も「あとがき」で述べている通り、この本はウィルバーの「良いところ」「聞きどころ」という、いわばエッセンスを集めたものといえるので、そうした意味でもお薦めできる。

ウィルバーの卓越した知性は、これまでの著作において、時折り、辛辣な批判として表れることもあった。それらの批判は、概ね「行き過ぎ」やある種の「浅薄さ」に対して向けられたもので、もっともなものである場合が多いが、もし、こうした批判が、自分を高みに置くことによって出てきたものであれば、いかに正しいことを言っていても、心に響くものとはなり得ないだろう。ところで、ウィルバーはまた、なかなかのユーモアのセンスを持ち合わせている。例えば、以下のような具合である。

「わたしの批判は、常にどのような領域においても、その核となる信条に向けられている。それは、その特定の分野における真実だけが唯一の真実であるというものである。この点においては、わたしはやや厳格であったかもしれない。しかし、どの領域も本質的には真実の断片を含んでいるが、それはあくまで部分的であるというのが、わたしの信条である。さて、いつの日かわたしの墓に、誰かがこう刻んでくれたら、本望である。「彼は正しかった。しかし、あくまで部分的であった」と」(本書、p.309)

ウィルバーの著作において唐突に出現するこのような何気ない笑いの中に、彼が信頼に値する人であることの根拠を見る思いがする。

更新日:2006.02.01

関連書籍紹介-ケン・ウィルバーの『意識のスペクトル』-

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掲載号:vol.11. No.2

関連書籍紹介:意識のスペクトル (ケン・ウィルバー春秋社)
文:菅 靖彦

ウィルバー「意識のスペクトル」

二十年以上、翻訳の仕事に携わってきましたが、ケン・ウィルバーの『意識のスペクトル』の翻訳は、わたしにとってもっとも印象深いものの一つです。一言で言うと、この本は西洋の心理学と東洋の思想を統合し、ホリスティックな人間学を打建てようとしたものです。トランスパーソナル心理学のバイブルのような本だと言っていいかもしれません。

ウィルバーは若い頃、自然科学を好んでいたようですが、大学一年生の時、老子の『道徳経』を読んだのがきっかけで、人生を深く考えるようになり、東西の偉大な文献を読みあさったと自らの自伝的な小論の中で述べています。アブラハム・マズローは人間の病理から可能性に目を転じることで東洋と出会ったわけですが、ウィルバーを東西のさまざまな思想の総合へと駆り立てたのは、自らの人生の欠如感であり、その欠如感を埋め合わせようとするかのような知的貪欲さでした。「自己救済のために、なにもかも読まずにはいられなかった」とウィルバー本人が語っています。

ウィルバーが「意識のスペクトル」という考えを生み出した背景には、彼が青春期を過ごした1960年代という時代状況があります。当時、一方に、自我の健全さを訴える心理学がありながら、心身の統合を目指す心理学が台頭し、さらに、自我の超越を勧める東洋の神秘思想が流行しはじめていました。つまり、人間の真理について大幅に異なった主張をする学派や思潮が混在し、ひしめきあっていたのです。そのような矛盾の中でウィルバーがとったのは、いずれか一つの立場に身を置いて、他を糾弾するという姿勢ではなく、すべての立場をそれぞれ固有の問題意識をもったものとして受け入れ、アイデンティティの幅の違いとして、それらを階層的に序列化するという姿勢でした。では、「意識のスペクトル」という言葉で、彼が何を言わんとしているのか、簡単に説明してみましょう。

わたしたちは普段、世界や他者と向き合って生きていると感じています。自分はこの皮膚の境界によって世界と分け隔てられ、自分と世界の間には超えがたい溝があると思いこんでいます。それが視覚的な現実であり、いささかも疑おうとはしません。しかし、本来、世界にはいかなる裂け目も境界もなく、あるのはただ心という統一意識だけだとウィルバーは言います。なのに、境と戦いにあふれた境界の世界の中に、わたしたちが埋没してしまっているかのように感じるのはなぜでしょう? 言葉を操り、物事を分節化して、自己という観念をもったゆえだというのがウィルバーの見解です。このような考えは東洋の精神的伝統に由来するものだと言っていいでしょう。ウィルバーは自らの瞑想体験を基に、東洋的な物心一如の世界観をリアリティの基盤に据えているのです。だが、現実には、人間はそうした一体性を忘れ、分離した自己感覚に悩まされて生きています。

分離した自己感覚をもつことは、裂け目のない世界に亀裂を生み出すことを意味します。その亀裂によって、世界は自分という有機体と環境とに分裂します。これをウィルバーは実存(あるいは有機体)のレベルと呼びます。では、そのような分裂が生まれることによって何が起こるのでしょう? 生死の問題が生じるとウィルバーは言います。生と死の分裂は、必然的に過去を未来から引き離し、その結果、人間は永遠の今から歴史的な時間に投げこまれるというのです。と同時に、人間はやみくもに死から逃れようとします。そのためにますます「自我」と呼ばれる観念化された自己イメージにしがみつくようになるのです。なぜなら、固定され、安定化したイメージからなる自我が、肉体の保証してくれない不死を保証してくれるように思われるからです。こうして人間は有機体との同一化を手放し、観念化された自己イメージに同一化するようになります。これが自我のレベルです。

しかし、意識の狭隘化はそれだけで終わるわけではありません。自分の中の嫌な側面や恥ずかしい側面を抑圧するようになるのです。そうすると、抑圧されたものが外部に投影され、自分を脅かすようになります。たとえば、怒りを抑圧する人は、自分がつねに誰かに怒られているように感じ、他人への興味を抑圧する人は、いつもみんなに注目されているような感情を抱きます。こうして目に見えない自分自身とシャドー・ボクシングするようになるというのです。このようなレベルをウィルバーは仮面のレベルと呼び、現代人の多くはこのレベルでの葛藤に悩まされていると述べています。

こうしてウィルバーは、意識が分裂を繰り返して次第にアイデンティティを狭めていくプロセスを階層的に序列化し、それを「意識のスペクトル」と呼んだのです。

現代のような個人主義の時代には、人間はどうしても狭い自己イメージに拘束されやすいと言えるかもしれません。狭い自己イメージに拘束されるということは、それだけ窮屈な生き方しかできないということを意味します。

意識のスペクトルの画期的なところは、エゴが幅をきかしている個人主義の時代に、人間がエゴを超えて成長する存在であることを鮮明に打ち出した点にあります。そのことによって、現代に蔓延する精神的な荒廃やニヒリズムから抜け出す道を示したのです。それともう一つ、意識のスペクトル論が禅、チベット仏教、ヴェーダーンタ、イスラム神秘主義(スーフィズム)といったさまざまな精神的伝統に由来する心理学の平行性を解き明かすツールになるということです。つまり、現代世界を悩ませている宗教的対立を乗り越えるための見取り図になりうるということです。

『意識のスペクトル』という本には、古今東西のあらゆる思想が出てきます。それらを、まだ慣れていない英語で完璧に読みこなすのは、苦行以外の何物でもありませんでした。しかも、とほうもなく分厚い本なのです。精神的にヘトヘトになった私は、経済的な不安も手伝って、とうとう神経をやられてしまい、不眠症におちいりました。

実は、私が自分自身のことや人生について深く考えるようになったのは、この時の不眠症の体験のおかげなのです。くすぶりつづける心の葛藤を鎮めるために、自分自身の生い立ちや人間関係をあらいざらい見直す必要に迫られたのです。そうしているうちに、面白いことが起こりはじめました。難解きわまりないと思っていた意識のスペクトルの考えが、自らの意識体験として理解できるようになりはじめたのです。あたかも、『意識のスペクトル』という本が、不眠症を通して非日常的な意識状態へと私を追いやり、さまざまな意識状態があることを教えようとしているかのようでした。

なお意識のスペクトルについて知りたい方は、『意識のスペクトル』のダイジェスト版とも言うべき『無境界』が出ていますので、それを先に読んでから、『意識のスペクトル』を読むと理解しやすいかもしれません。

書籍情報
ケン・ウィルバー(吉福 伸逸・菅 靖彦訳)(1985)『意識のスペクトル 1』『意識のスペクトル 2
』(1~2)(春秋社)
ケン・ウィルバー(吉福 伸逸訳)(1986)『無境界―自己成長のセラピー論
』(平河出版社)

更新日:2006.02.01

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