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	<title>日本トランスパーソナル学会 &#187; おじんカウンセラーのトホホ通信</title>
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	<description>Japan Transpersonal association</description>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その４６　被災地を訪ねて</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/2601</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/2601#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 08 Nov 2011 10:17:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[10月23，24日に、仙台在住のカウンセラーでもあり友人でもある石垣美幸さん（トラパ東北支部）に案内していただき、宮城から岩手の被災地に行ってきました。トラパ中国支部のみなさん4人も一緒に被災地をまわってきました。 &#038;n [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>10月23，24日に、仙台在住のカウンセラーでもあり友人でもある石垣美幸さん（トラパ東北支部）に案内していただき、宮城から岩手の被災地に行ってきました。トラパ中国支部のみなさん4人も一緒に被災地をまわってきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>震災後半年以上経ち、被災地がどのような状態になっているのか知りたかったこともありますし、被災地にいらっしゃる方々の生の声をお聞きしたかったと言うこともありました。ただ、そんなことで被災地の方々のお時間を使わせてしまっては申し訳ないと思っていたところ、石垣さんが案内してくれると申し出てくれました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>彼女は、「他の地域の人と東北・被災地を結ぶことが、私の役割だと思っています」とおっしゃっていました。僕は、ありがたく石垣さんに案内をお願いすることにしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日程は２日間。東松島→南三陸町→陸前高田→気仙沼→気仙沼大島→石巻というコースになりました。福島にも行きたかったのですが、どうしても日程がつかず、今回は断念しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>仙台駅で待ち合わせ、石垣さんの車で被災地に向かいました。松島を抜けて東松島に入ると、とたんに荒涼とした光景が現れました。一面の平地なのですが、そこには３月１１日まではたくさんの建物が建っていたはずなのです。がれきがきれいに片づけられていたので、基礎がはっきり見えているため、そこに家が建っていたのがわかります。また、３月１１日からそのままになっているのであろう船が、まだ浮いていました。それは、言葉を失う光景でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【東松島】</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238337962890015.61178.100001414389580&amp;type=1&amp;l=937cd667e1">http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238337962890015.61178.100001414389580&amp;type=1&amp;l=937cd667e1</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次に向かったのが南三陸町です。ここも言葉を失うような光景でした。ビルには大きな穴が空き、ガードレールはひんまがり、地盤が沈下したため、橋げたぎりぎりまで水位があるという状態でした。津波が押し寄せてくる直前まで女性職員が避難を呼びかけた防災庁舎には、祭壇が設けられ、多数の花束がたむけられていました。歌津町も、陸前高田も、同じような状況でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【南三陸町】</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238339496223195.61179.100001414389580&amp;type=1&amp;l=90c763d8e9">http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238339496223195.61179.100001414389580&amp;type=1&amp;l=90c763d8e9</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【歌津町】</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238341226223022.61180.100001414389580&amp;type=1&amp;l=866418cd45">http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238341226223022.61180.100001414389580&amp;type=1&amp;l=866418cd45</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>非常に残酷なのは、どこの町でも、たった１ブロック違うだけで、救われた家と、全て流されてしまった家があることです。また、波が襲ってくる方向によっても被害の度合いに差が出たようです。例えば松島と東松島では、圧倒的に東松島の方が被害が大きいのですが、これは、地形と、津波の方向によるものです。松島と東松島は、半島の西・東の関係にあります。津波が東の方から襲ってきたので、東松島は直接津波の被害を受け、松島は東松島と松島の各島々に守られたために被害が少なかったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>初日の最後に訪れたのは、気仙沼です。気仙沼は、石油に引火して町中が火災に見舞われたこともあるせいか、最も悲惨な状況でした。漁港は地盤沈下が激しく、南気仙沼地域では水がわき出ているためか、がれきの撤去も十分に進んでおらず、破損した建物もそのままの状態で放置されていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【気仙沼】</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238342466222898.61182.100001414389580&amp;type=1&amp;l=4aa3559d3a">http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238342466222898.61182.100001414389580&amp;type=1&amp;l=4aa3559d3a</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その気仙沼も、私たちが次に訪れる大島に守られていたため現状の被害にとどまっているとのことです。大島がなければ気仙沼の被害がもっと大きくなっていたと思われます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>僕らは、気仙沼からフェリーに乗り、大島に行きました。もう夜になっていたので、よくは見えませんでしたが、港には、がれきの山がありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私達は、そこで、地元の方々のお話を聴くことができました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大島は、津波が気仙沼市側からと太平洋側から同時に襲い、島を二分したのだそうです。次の日の朝、亀山と言う山の上から島全体を眺めると、津波が襲った経路がはっきりと分かりました。その部分だけ一直線、緑が全くないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【気仙沼　大島】</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238343729556105.61183.100001414389580&amp;type=1&amp;l=e7b2eabc89">http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238343729556105.61183.100001414389580&amp;type=1&amp;l=e7b2eabc89</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さらに、気仙沼の火事が飛び火して山火事になるという事態にもなったのだそうです。例えば、燃えた発砲スチロールが引き波で流れ着くことによって、木々に引火するということがありました。火は次々に飛び火し、一時は、非常に危険な状態になったのだそうです、</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その際、島民が一丸となって火を消し止めたのです。指揮は、消防団がとったのだそうです。次の日、亀山に上りましたが、ロープウェイは焼け焦げ、頂上には、焦げた松の木がありました。亀山は、大島の最高峰ですから、火を消し止めなければ大変なことになっていたはずです。みごとな指揮と連携プレーだったのでしょう。奇跡的なことだと思いますが、あれだけの津波と山火事がありながら、死者行方不明者は３０００名あまりの島民のうち３１名だったのだそうです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>津波の傷跡は生々しく残っていますが、大島は、とてもきちんと整備されていました。これには訳があります。大島在住の気仙沼市議の菅原さんのお話では、被災してからすぐに壮年～青年を中心に、「ばか隊」という組織ができ、被災者の救援、遺体の捜索、どろだし、がれきの撤去などを効率的に行っていきました。「ばか隊」というのは、「自分たちが被災しているにもかかわらず、復旧に向け、率先して行動するなどということは、ばかにしかできない」という意味で、菅原さんが名付けたそうです。しかし、「『ばか隊』はあまりにひどかろう」ということで、「お」をつけて少し丁寧に「おばか隊」と呼ぶことになりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>特に震災直後、電気も水もなく、電話もつながらず、テレビも見れない中、みなさん不安だっただろうと思います。私達は、被災地から離れたところでＴＶやネットから情報を得ることができましたが、被災地にいたみなさんは、なんの情報もないまま、何日も過ごさなければならなかったのだそうです。このことは、意外に被災地以外の人達が気づかないところです。情報が無い中で、夜になると真っ暗で、余震が続く中、平静さを保っていることは、ただただすごいことだと思いました。そして、「おばか隊」の活躍が、島民の平静さを手助けすることになったのだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大島の復旧復興は、「おばか隊」が全て中心になって行われています。ボランティアへの支持も「おばか隊」からなされます。隊の人達は全て大島出身の人達ですから、島の隅々までよく知っています。また、だれがどんな技術を持っているか、お互いわかっているところが強みです。大工の棟梁の村上さんからもお話をうかがいました。ご本人は「たいしたことない」とおっしゃいますが、大活躍だったようです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに、被災直後は、水もないので、みな風呂に入れず、菅原さんや村上棟梁が風呂に入ったのは、震災後５０日たってからなのだそうです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回の訪問で、青年海外協力隊出身で大島にひとりでやってきて、５ヶ月（２０１１年１０月末現在）滞在してボランティア活動をしている細川さんにもお会いしました。菅原さんが電話で呼んでくれたのです。彼は、３１１以降、さまざまな被災地でボランティア活動をしてきたのですが、大島で腰を据えボランティア活動をしています。最初は、コンテナの中で寝泊まりしていたそうですが、今ではちゃんと窓のあるところで生活しているのだそうです。食事は、レトルト食品があるのだそうですが、たいてい毎日どこかの家庭に呼ばれ食事をしているとのことでした。細川さんは島民の皆さんの生活にすっかり溶け込んでおられ、ボランティア活動の理想的なかたちを見るような気がしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>菅原さんをはじめとする大島の皆さまには、夜遅くまでお話しいただきました。とても感謝しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次の日の朝、海岸でも亀山の頂上付近で、女性を中心に多くの人達が雑草取りをしておられました。みなさん、きさくに話しかけていただき、ただ見学をしているだけの私たちに飴までいただきました。みなさんが、島を大切にしようとしている雰囲気が伝わってきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>帰る前、宿泊した国民休暇村のスタッフの方がバスで島を一周してくれました。彼の実家が商売をしていた店は、津波が襲った経路にあたり、大きな被害を受けたのだそうですが、幸いみなさん無事だったのだそうです。亀山から港の方を眺めると、彼の実家の店が傾いているのが見えました。実家は流されて跡形もないのだそうです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その後、私たちはフェリーで気仙沼に戻り、石巻に立ちよりました。石巻の日和山公園から町を一望できるのですが、目の前の門脇地区は津波と火事があり、海岸線全てがさら地のようになっています。元々は、住宅街でした。小高い日和山公園の裏側からは、津波が北上川をさかのぼっていく様子がよく見えたはずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【石巻】</p>
<p><a href="http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238347149555763.61184.100001414389580&amp;type=1&amp;l=e629f441b8">http://www.facebook.com/media/set/?set=a.238347149555763.61184.100001414389580&amp;type=1&amp;l=e629f441b8</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>夜は、仙台で、スクールカウンセラーさんたちとお会いしました。彼女達のお話では、生徒達は、一見元気そうにしているのだそうです。しかし、チックとか震えとか胃腸の不調など身体の不調を訴える生徒が増えているとのことでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、未だにある余震が、生徒たちにフラッシュバックを起こさせ、その結果疲れはてている子もいるとのことでした。地震に対する主に子供たちの過敏な反応は、大島の人達からもお聞きしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、現地で継続的に支援をしているカウンセラーの人達にも疲労がたまっているようでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちが大島に宿泊した日の夜中と次の日の朝方の２度地震がありました。</p>
<p>放射能の話題は毎日のように放映されるのですが、津波と地震の被災地に関する情報は、さほど伝わってきません。しかし、今回被災地を見てきて、震災は、まだ終わっていないということを実感しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちにできることはなんだろうと思います。</p>
<p>私は、残念ですが、現地に長期的に滞在することはできません。被災者への直接的なケアの中心は、現地にとどまり継続的に援助をしている人達になるのでしょう。そうした現地の援助者たちがバーンアウトしないようにサポートするのが、私達ができる援助の中心になるのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最後に・・。今回の訪問を企画し、ずっとハンドルをにぎり被災地を案内してくれた石垣さんに感謝の気持ちでいっぱいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ㈱・カウンセラー</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その４５　被災者の気持ちに沿うということ</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/2344</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/2344#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 14:20:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[震災以来、民放のTVニュースを見ていて、時々、どうしようもない違和感を覚える時があります。 例えば、被災者がスケッチブックに「〇〇を探しています」と書いて、「▽▽町の△△です。私達は、元気です」とカメラに向かって言う、朝 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>震災以来、民放のTVニュースを見ていて、時々、どうしようもない違和感を覚える時があります。</div>
<div></div>
<div>例えば、被災者がスケッチブックに「〇〇を探しています」と書いて、「▽▽町の△△です。私達は、元気です」とカメラに向かって言う、朝の番組の一コーナーがあります。あのコーナーでインタビューを受けている被災者の方々の中には、非常に戸惑った表情をされている方がおられます。</div>
<div></div>
<div>おそらく、そうした戸惑った表情をされている方々は、本来の気持ちと違うことを語っているのでしょう。</div>
<div></div>
<div>TV局の「災害を受けて、なにもかも失っても、けなげに生きる被災者たち」というストーリーを演じさせられているのだろうと想像します。本当は、やりきれなさや、怒りや、絶望があるだろうに、なんとなく、マイクを向けられたら、TV局が求めるような人物を演じざるを得ない状況になってしまっているのではないかと想像します。</div>
<div></div>
<div>この状況は、「私達は、被災者のみなさまのために取材しています」という空気から生まれるのではないかと思います。「あなたのために・・」という空気には、なかなか逆らえないものだからです。</div>
<div></div>
<div>こうした取材は、被災者を二重に苦しめることになるかと思います。</div>
<div></div>
<div>ただ、全ての取材が、こうしたものではないとも思っています。</div>
<div></div>
<div>例えば、「自分だけが生き残ってしまった」という罪悪感を持っている被災者が、レポーターに向かって「私達は、流されていく人をどうすることもできなかったんです」と泣きながら語っていた場面を見ましたが、この場合は、自分たちの罪悪感を語ることによって、乗り越える一歩をふみだすことができた例なのではないかと思います。まあ、これは、報道陣と被災者の間だけに起こるのではなく、ボランティア、自衛隊、消防などのサポートする側と被災者との間には、いつでも起こり得ることですが・・。</div>
<div></div>
<div>僕は、メディアの取材だけではなく、メンタル面のケアの際にも、「あなたのために・・」というメッセージを発する場合には、細心の注意が必要だと思います。被災者中心に見えて、被災者をコントロールしてしいまうことがあるからです。</div>
<p>今、一番大切なのは、被災者中心的な考え方です。被災者の方が、求めているものを丁寧にひろいだしてケアするとともに、彼らが望まないことはやらないということです。</p>
<p>考えてばかりで行動しないというのもいけませんが、ケアを押し付けてもいけません。この辺は、ケアする側が、被災者の方々と、いかに共感的なコミュニケーションをするかにかかっているのではないかと思います。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その４４　災害時の子供のトラウマ反応</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/2331</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/2331#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 27 Mar 2011 13:15:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[子供が災害などにさらされた場合のトラウマ反応についてまとめてみます。子供は、トラウマを受けるような状況にさらされた場合、「回避」、「再体験」、「強い興奮状態」を示します。 回避反応とは：友達とあまり遊ばなくなったり、学校 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>子供が災害などにさらされた場合のトラウマ反応についてまとめてみます。子供は、トラウマを受けるような状況にさらされた場合、「回避」、「再体験」、「強い興奮状態」を示します。</p>
<p>回避反応とは：友達とあまり遊ばなくなったり、学校にいきたがらなくなる。嫌な出来事の詳細を忘れる、あるいは、記憶を遮断する。感情を表せなくなる、自分の感情が分からなくなる、喜怒哀楽がなくなるなど。</p>
<p>再体験とは：災害のときの経験を「遊び」の形で繰り返す、災害が、まるで今起こっているかのように反応する、災害に関する悪夢、災害を思い出させるものに対する過敏な反応など。</p>
<p>強い興奮状態とは：資格聴覚の過敏性、不安、睡眠困難、イライラ、集中困難、ギョッとして驚くようなしぐさ、泣いたり叫んだりする、家族や友達や自分の将来に対する悲観、食欲の変化、混乱した行動など。</p>
<p>また、子供は、その年齢によって、微妙にトラウマ反応が違います。</p>
<p>2〜5歳：何度も災害のことを話す、かんしゃく、叫んだり泣いたり、暗いところ・怪物・一人になることに対する恐怖、関係のないできごとを災害と結び付けて考える、親から離れる時に激しく泣く、退行（子供がえり）など</p>
<p>6〜9歳：攻撃性・怒り・イライラ感の増大、災害が起こったのは自分のせいだと思う、不機嫌さ、成績の低下、集中力の低下、身体の不調を訴える、質問を繰り返す、親しい人が死ぬのではと言う恐怖、よく泣く、ひきこもるなど。</p>
<p>9〜12歳：泣く、攻撃性・イライラ・いじめ行為、災害に対する怒り、悲嘆・孤独感・ひきこもり、恐怖・不安・パニック、災害について話すことを避ける、食欲や睡眠パターンの変化、健康に対する不安、成績の低下・集中力の低下、災害に関する繰り返し同じことを考えたり話したりする、激しく助けを求める、親しい人の将来に対する悲観、過度に利他的な（他人を助けたいと言う）願望など。</p>
<p>いつもと違う極端な反応が出た場合に、トラウマ反応である可能性があります。ただ、心配しすぎると、子供はかえって不安になります。</p>
<p>大人が、恐怖におののかないことです。</p>
<p>大人の恐怖反応は、</p>
<p>闘争反応・・怒りっぽく攻撃的になる</p>
<p>逃避反応・・あせり、逃げ出そうとする</p>
<p>すくみ反応・・立ちすくむ、なにも考えられなくなる</p>
<p>の３つが基本です。</p>
<p>そうした大人の恐怖反応は子供に伝染し、不安定になります。子供は、非言語メッセージに敏感ですから、大人が恐怖を感じているのなら、恐怖を増大させてしまいますが、大人達が落ち着いていれば、その落ち着きが子供に伝わって行き、その結果、安心していきます。</p>
<p>大人は、とにかく、まず落ち着くことです。</p>
<p>今日はここまでです。</p>
<p>参考Caring kids After Trauma, Disaster, and Death :NYU</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その４３　災害時に落ち着く方法</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/2328</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/2328#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 27 Mar 2011 13:02:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[不安になった時、落ち着くための最大のコツは、自分の呼吸に注意を向けることです。今回のような災害が起こると、恐怖反応により、呼吸が速く、浅くなりがちです。こうした恐怖反応が起こると、柔軟な考えができなくなり、デマに翻弄され [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>不安になった時、落ち着くための最大のコツは、自分の呼吸に注意を向けることです。今回のような災害が起こると、恐怖反応により、呼吸が速く、浅くなりがちです。こうした恐怖反応が起こると、柔軟な考えができなくなり、デマに翻弄されてしまうこともあります。</p>
<p>次に、落ち着くための具体的な方法をお伝えします。</p>
<p>１）少しゆっくりとしたやや深い呼吸をするように心がけます。</p>
<p>２）次に自分の足がしっかりと地面についているところを意識します。恐怖にさらされているときには、上半身特に横隔膜より上のあたりに神経が集中し、肩や首が硬直します。逆に下半身には、力が入っていないものです。ですから、足が地面についているところを意識すると落ち着きます。</p>
<p>３）呼吸が落ち着いたら、気が上から下に流れていくようなイメージを浮かべます。足に向かって気が流れるようなイメージを持つとよいでしょう。こうすると、しだいに下半身にも感覚が戻ってきます。</p>
<p>４）身体全体が意識できるようになったら、まわりをただ眺めてみましょう。顔を上げて眺めてみると、いつもと同じ光景が展開しているかもしれません。不安におびえている人がいても、どこか客観的に見えるかもしれません。そうなったら、もう落ち着いているので、柔軟な考えもできるようになります。災害時などの危機的な状況下では、柔軟な考え方ができることが、サバイバルの最大のキーになります。</p>
<p>災害が起こった後、さまざまな情報が飛び交います。これが、新たなストレス因子になります。</p>
<p>そんな状況で落ち着くためには、入ってくる情報を仕分けするのがいいでしょう。</p>
<p>のべつまくなしにテレビやネットを見るのではなく、見る番組やホームページなどの情報リソースを決めておくのがよいでしょう。<br />
不安が強い場合、あまりに煽情的な番組、激しい論争（しかも精神論）のある番組は避ける方がよいでしょうね。</p>
<p>災害が起こると、ＴＶやネットなどに、さまざまな「専門家」が登場します。しかし、あまりにいろいろな意見が多すぎて、どの情報を信じてよいのかわからなくなっている人も多いと思います。</p>
<p>このような場合、何人かの信頼できる専門家を選び、その人達の話だけを信頼するのがよいでしょう。</p>
<p>信頼できる専門家は直感で選んでください。</p>
<p>基本的には、早口でまくしたてる人は避けましょう。そうした焦燥感を持った専門家は、時には正しいことを言うかもしれませんが、不測の事態で、自説に固執し、判断を誤ることがあります。ゆっくりと落ち着いて話す人の方が、信頼できます。</p>
<p>また、「わからない」という発言をする人は、実は信頼できる場合が少なくないと言うことを知っておきましょう。こうした危機的な状態の時、データが少なくてわからないことがらを、あたかもわかっているように述べることは、人々の不安を掻き立てるだけです。</p>
<p>自分自身も激しい論争に巻き込まれないようにすることが大切です。論争になりそうだったら、「今はその気分ではない」ということを、はっきりと述べることです。</p>
<p>できるだけゆっくり話す人、断定的な物言いをしない人、人をむやみにジャッジしない人とお話しされるのが、落ち着くためにはよいかと思います。</p>
<p>自分なりに最悪のケースを設定しておくことが必要です。<br />
最悪のケースに進んだら、どう行動するかを決めておくことです。</p>
<p>この場合の最悪のケースとは、現実的な客観的な情報やデータの下考えられる最悪のケースのことです。それが自分で判断できないような場合には、自分で選別した「信頼できる専門家」の主張する最悪のケースを信頼し、それが起きた場合、どう行動するかを決めておくことです。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その４２　災害後のメンタル不調</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/2325</link>
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		<pubDate>Sun, 27 Mar 2011 12:52:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[東北関東大地震後、2週間たちました。 今までは、ある種の興奮状態なので気づかなかった不安などのメンタル的な不調が、表に出てくる時期です。 メンタル的な不調は、身体にあらわれます。肩や首の凝り、胃のむかつき、胸のあたりのザ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>東北関東大地震後、2週間たちました。</p>
<p>今までは、ある種の興奮状態なので気づかなかった不安などのメンタル的な不調が、表に出てくる時期です。</p>
<p>メンタル的な不調は、身体にあらわれます。肩や首の凝り、胃のむかつき、胸のあたりのザワザワ感などの違和感として出てきます。</p>
<p>身体の反応（違和感など）は、抑圧された感情を示しているかもしれません。今どんな感情があるのかを見つめてみましょう。そして、出てきた感情には、全てOKをだしましょう。</p>
<p>感情にOKを出すというのは、感情のままに衝動的に行動することではありません。じっと静かに感情を見つめるイメージです。感情にOKを出したら、身体の違和感がなくなり、気分が楽になるかもしれません。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その４１　パワハラ撃退・・その２</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/2052</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/2052#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 22 Sep 2010 05:17:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その４１】「パワハラ撃退　その２」 B部長と、C課長が出社するのは、8時50分です。いつもふたりは、就業時間前にちょっとしたミーティングをしていました。 その時間を狙って、Fさんひきいる数人が、B部長とC課長に対し、こ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【その４１】「パワハラ撃退　その２」</p>
<p>B部長と、C課長が出社するのは、8時50分です。いつもふたりは、就業時間前にちょっとしたミーティングをしていました。</p>
<p>その時間を狙って、Fさんひきいる数人が、B部長とC課長に対し、これまでのパワハラ行為は許されるものではないということを伝えました。B部長とC課長は、当然のことながらFさんたちの言葉に耳を貸さず、激怒し怒鳴り始めました。しかし、数人が彼らを囲んでいるわけですから、B部長もC課長もそこから逃げ出すわけにはいきません。</p>
<p>B部長と、C課長があくまでパワハラを認めず、態度を改めないということが明らかになったとき、Gさんひきいる残りの数人は、社長室に向かいました。社長は、いつも9時ぴったりに出社します。社長も驚いたことでしょう。出社したとたん、数人の社員が駆け込んできて、B部長とC課長のパワハラを訴え始めたのですから・・。社長秘書が彼らを止めようとしたのですが、Gさん達の勢いにはかないませんでした。</p>
<p>Gさん達は、前日に用意した課員全員の署名がはいった書類を社長にわたしました。話を聞いた社長は、至急調査委員会を作って対応することを約束しました。</p>
<p>彼らが、パワハラ相談室に相談するのではなく、社長に訴えるという手段を取ったのにはわけがあります。B部長自身が、パワハラ相談室の責任者だったからです。</p>
<p>この電光石火の１０分間が、彼らの作戦でした。</p>
<p>作戦は、見事に成功し、調査委員会により、B部長とC課長の行為はパワハラであると結論付けられました。そして、彼らには、処分が下されました。B部長もC課長も降格されたのです。</p>
<p>彼らの成功要因をあげると：</p>
<p>１）課員全員の同意を得たうえでの作戦だった。</p>
<p>２）パワハラの実態を明確に書面化した。</p>
<p>３）短時間の勝負にした（長引くとうやむやにされかねないから）。</p>
<p>４）組織のトップに直接訴えた。</p>
<p>５）幸いトップが、公平な判断をする人だった。</p>
<p>もっと穏便なパワハラ対応もあるかもしれません。しかし、この会社のように、B部長のような人がパワハラ相談室の責任者であるような場合には、こうした過激な手段も仕方がないでしょう。</p>
<p>こうした過激なパワハラ対応法を実行する時には、気をつけなきゃいけない点があります。</p>
<p>ひとつは、訴える相手（この場合は、社長）が、どんな人なのかをできるだけ把握しておく必要があります。トップもハラサーである場合には、パワハラ撃退は、ほぼ不可能と言ってよいでしょう。こうした場合には、外部の機関に訴えるしかありません。</p>
<p>次に気をつけなきゃいけないのは、全員一致で要求を出すと言うのが理想なのですが、その要求に参加しない人の自由を認めると言うことです。パワハラを訴えることに反対な人を、裏切り者扱いのようにしてしまったら、パワハラそのものを撃退できても、職場内にしこりが残るでしょう。あくまで、個人個人の自由意思を尊重すべきです。</p>
<p>また、パワハラ撃退がうまくいった後にも注意が必要です。前述した例では、ハラサーが降格処分を受けたわけですが、そうした処分を見て、訴えた側が、自分たちはやりすぎてしまったのではないかと罪悪感を持ってしまうことがあります。「パワハラがおさまればよくて、なにもB部長やC課長の降格までは求めていなかった」という気持ちを持つ人もいたかもしれません。</p>
<p>この辺は、あらかじめ考慮に入れておくことです。いざ、パワハラを訴えたら、訴えられた人は、降格までいかなくても、会社での居場所がなくなる状況になることも少なくありません。ハラサー達がそうした事態になっても、パワハラを訴えるという腹の据わりがなければ、こうした過激な方法はうまくいきません。そうした腹の据わりがない場合、リーダー的な存在の人達が、課員から責められることにもなりかねません。つまり、上司からのパワハラは撃退したけれど、その結果、課内の内部分裂が起きてしまったなんてことにもなりかねないのです。そうしたことが起こり得ると言うこともあらかじめ考慮しておくことでしょう。</p>
<p>まあ、こんな過激な方法が必要ない世の中が一番いいですね。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信・・その４０　パワハラ撃退　その１</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/2033</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/2033#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Sep 2010 15:53:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その４０】パワハラ撃退　その１ パワハラにあってしまった場合、多くのケースでは、被害者は、なすすべもありません。そして被害者の中から、精神的不調に陥ってしまう人が出てくる場合もあります。パワハラは、地位を背景にしていて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【その４０】パワハラ撃退　その１</p>
<p>パワハラにあってしまった場合、多くのケースでは、被害者は、なすすべもありません。そして被害者の中から、精神的不調に陥ってしまう人が出てくる場合もあります。パワハラは、地位を背景にしていて、しかも人事考課の査定という人質をとっていますから、なかなか対抗策を打ち出すことも難しいのです。さらに、パワハラをするハラサー達は、さらに地位が上の人達には、都合のいい情報しか流さないことが多いですから、困ったものなのです。</p>
<p>しかし、中には、見事にパワハラを撃退した例があります。</p>
<p>その会社（仮にA社としておきましょう）のB部長（男性）は、人前で部下を怒鳴りつける、しつこく説教する、人格攻撃をするなど、典型的なハラサーでした。また、始末に悪いのが、C課長（男性）で、彼は、B部長のイエスマンで、B部長といっしょになって、部下を攻撃していました。その職場は、女性が多い職場でした。</p>
<p>B部長も、C課長も、パワハラだけではなく、セクハラ的な言動もありました。部下の中には、不安障害になり、出社できない人も出てきていました。</p>
<p>B部長が赴任した当初は、きびしいけれど元気な上司という感じだったのですが、次第に暴言が多くなっていきました。C課長の前任のD課長は、B部長と部下との防波堤になってくれていたのですが、C課長に代わってからは、パワハラは留まるところがなくなっていきました。部下達は、休み時間やアフターファイブには、B部長やC課長に対する不満を述べていたのですが、その不満のはけ口はなく、事態はまったく変わりませんでした。</p>
<p>そんな時に、ある事件が起きました。</p>
<p>職場の中堅のEさん（女性）が、仕事上でちょっとしたミスをしました。Eさんのミスは、大したものではなかったのですが、B部長は激怒し、C課長が援護射撃をするといういつものパワハラパターンになり、Eさんは、課員の前で、ふたりから怒鳴られてしまいました。こうした光景は、それまでもしばしばあったのですが、その時、B部長とC課長がとんでもない暴言をはきました。</p>
<p>C課長は、Eさんに、「そんなことだから、だんなに逃げられるんだよっ！」と、仕事とは関係ないプライベートなことを持ちだしてきたのです。B部長は、C課長の発言を注意することもなく、「まったく、どうしようもねぇーな！」と吐き捨てるように言い放ちました。</p>
<p>Eさんは、仕事上のミスをとがめられるのなら耐えられたのですが、離婚と言う業務とはまったく関係のないことを責められたことにショックを受け、その日早退し、次の日も会社を休む事態になりました。</p>
<p>この一部始終を聞いていた他の課員たちが、B部長とC課長の発言に激怒したのです。その場では、皆だまっていたのですが、Eさんが休んだ日の夜、職場のみんなで集まって、B部長とC課長は許せないということになりました。怒りをあらわにしたのは、１０人いた女性課員で、2人の男性課員は、女性たちの勢いに引っ張られたというかっこうでした。</p>
<p>彼らは、その後も何度かパワハラにどう対応するか話し合うためのミーティングを行い、ある作戦をたて、そして、その作戦を実行することにしたのです。</p>
<p>まず、女性課員のFさんGさんが中心になって作った、「B部長、C課長のEさんに対する発言は許されるものではない、また、これまでの彼らの言動はパワハラである」という内容の書面に、課員全員がサインをしました。</p>
<p>その次の日、作戦は決行されました。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信・・その３９　パワハラの実態　その３</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1999</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1999#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 28 Aug 2010 02:04:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３９】パワハラの実態・・その３ ちょいと、補足しますが、Ｄ課長がなぜパワハラなのか解説しましょう。 Ｄ課長の言動は、一貫性がありません。自分がプロジェクトの批判をしていたにも関わらず、Ａ氏が同様な理論を展開し始める [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【その３９】パワハラの実態・・その３</p>
<p>ちょいと、補足しますが、Ｄ課長がなぜパワハラなのか解説しましょう。</p>
<p>Ｄ課長の言動は、一貫性がありません。自分がプロジェクトの批判をしていたにも関わらず、Ａ氏が同様な理論を展開し始めると、今度はＡ氏を徹底攻撃し始めています。これは、まったく矛盾した言動です。しかも、「無礼講だ」という言葉に従って、Ａ氏は自説を述べたわけですから、Ａ氏には、非難されるいわれはありません。おそらく、Ｄ課長は、Ａ氏のプロジェクト批判が、Ｄ課長の許容する範囲を超えたのでしょうが、火をつけたのはＤ課長であり、そうした火がなければ、Ａ氏は、管理職の前でプロジェクトの批判をするはずはないのです。</p>
<p>Ｄ課長にすれば、Ａ氏はＤ課長の気持ちを推し量りながら、「無礼講だ」と言われても、「いや、私には、上の方々の考えにどうこういう立場にありません。我々若いものは、上の方から言われたことをやるだけです」などと、控えめに答えるのが理想なのでしょう。</p>
<p>しかし、自分の思い通りに他人が動くはずという思いこみは、ハラサー（ハラスメントをする人）の特徴です。自分の思いなどというものは、他人にはわからないのが当たり前です。思いを分かってもらおうとしたら、本来は、きちんと説明しなければならないのです。ハラサーは、相手が自分の感覚を理解し、自分の気持ちよいように行動をとるだろうと言う都合のよい予測があります。しかし、それは自己中心的で傲慢な予測です。</p>
<p>Ａ氏の言葉の中に、なにかＤ課長の気に障ることがあったのでしょうが、その根拠は、明確には示されていません。彼は、自分の思い通りに発言しなかったことに腹を立てているのでしょう。ですから、Ｄ課長は、自分の怒りの根拠を、論理的に明確に示すことができなかったのです。その代り、「生意気だ」、「１０年早い」など、本来の論旨と違う精神論のカテゴリーに話をすり替えています。これは、カテゴリーエラーと言われるもので、ハラサー（ハラスメントをする人）が、よく使う手口です。</p>
<p>また、Ｄ課長の止まらない説教もハラサーの特徴です。Ｄ課長は、最初の焼き鳥屋での３０分の説教だけではなく、最後にＡ氏と会ったスナックでも、Ｃ課長からの静止があったのにもかかわらず、すきを見てはＡ氏の攻撃をしています。ハラサーは、自分の怒りを抑えることができないのです。</p>
<p>そして、Ａ氏の言い分を、Ｄ課長はまったく聞こうとしていません。ハラサーにとっては、自分の意見だけが絶対なのです。しかし、自分より強い立場の人に対しては、そうした傲慢なふるまいは表に出さず、むしろ従順です。「もし言ったら、お前がやったことをおれは、会社に話すぞ」というＣ課長の言葉に従う姿勢は、Ｃ課長の発言の背景にある会社という存在を恐れたからに他ありません。</p>
<p>では、Ａ氏はどうすればよかったかと言うと、Ｄ課長のハラスメントを収めるという観点では、どうしようもないのです。「すみませんでした。言いすぎでした」と言ったところで、Ｄ課長の攻撃は収まりません。「なんで、君は、自分の言葉を、そうやってすぐに翻すんだ。そういうところが、最近の若い奴は根性がないんだよ」などとなじられるのが関の山です。</p>
<p>Ａ氏のできることは、Ｄ課長の言葉をまともに受け取らないことです。要は、Ｄ課長のようなハラサーの言葉に巻き込まれず、Ｄ課長の理論に従って自分を批判しないことです。まあ、黙っているけれど、納得はしないというのがとりあえず妥当な態度でしょう。</p>
<p>Ａ氏のまずかったのは、最後にＤ課長と会ったスナックで、早く退散しなかったことです。ハラサーは、相手が降伏するまで、あきらめないので、さっさと退散してしまった方が得なのです。</p>
<p>しかし、向こうっ気の強いＡ氏は、退散する代わりに、Ｄ課長を睨みつけてしまいました。これは決定的なミスと言えます。相手を見るのは、問題ありません。ただし、ハラサーの怒りモードに巻き込まれて、ハラサーと対決する姿勢で睨みつけるのはいけません。Ａ氏は、睨みつけた時、すでに喧嘩モードになっていました。ハラサーを見るのなら、冷静に相手を見ることです。これは、なかなか難しいんです。自分の呼吸に注意を向け、自分の中に怒りがあっても、その怒りをじっと見つめる落ち着きが必要です。Ａ氏の場合、自分の怒りに飲み込まれていました。そして、そのとき、「やるんなら、やるぞ」という気持ちになってしまっていたのです。そうなると、ハラサーの次のアクションは、キレる以外ないのです。</p>
<p>ハラサーに対しては、じっくり呼吸を落ち着けて、ただ全体を眺めるような形で、相手を見るのがよいです。下を向いていると不安・恐怖が強くなりがちです。逆に、顔をあげて、全体を見ることで、恐怖のレベルは下がります。しかし、睨みつけてしまうと、双方の怒りがエスカレートしますので注意してください。落ち着いてハラサーを見つめ、自分のペースをくずさなければ、ハラスメントのエネルギーは次第に弱まってきます。</p>
<p>余談ですが、呼吸を落ち着けて相手を見るというのは、熊に出会った時の最も良い対応法なのだそうです。そうすると、熊は人間の視線から目をそらし、去っていくのだそうです。これは、最近、北海道旅行に行った時、地元の人から聞きました。</p>
<p>熊が去っていくのですから、ハラサーは、その場にいたたまれなくなるのは、当たり前と言えば、当たり前です。</p>
<p>Ａ氏は、怒っているのは当然としても、「やるんならやるぞ」という考えは避けるべきだったのです。怒りがあっても戦わない姿勢が必要なのです。</p>
<p>ハラサーの攻撃を受けた時、Ｃ課長のような、公平で冷静で、毅然とした態度をとれる度胸のある人に相談できると、いいのですが・・。そういう人が必ずいるわけではありません。</p>
<p>ただ、ハラサーは、やがて必ず別の人にも同じようなハラスメントをしますし、過去にも同じような事件を起こしていることでしょう。そうした事実は、やがて隠しようが無くなります。いつか、ハラサーには、よくない評判が立ち始めます。ハラサーは、やがて失脚するのです。</p>
<p>もし、うまく失脚せず、いつまでもハラスメントが止まらないようだったら、パワハラ相談室に報告することです。その際、できるだけ多くの賛同者がいるのが理想的です。また、ハラスメントの具体的な内容を記録しておくこともいいでしょう。</p>
<p>そして、ときには、パワハラ相談室の責任者がハラサーの場合があります。その場合は、その上の人に訴えるしかありません。しかし、社長自体がハラサーの場合、これは、社内では打つ手がありません。その場合、戦うのなら、法的手段に訴えるか、そんな会社には、こちらから見切りをつける決断が必要になります。</p>
<p>パワハラとは、やっかいなものです。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信・・その３８　パワハラの実態・・その２</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1987</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1987#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 23 Aug 2010 10:47:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３８】パワハラの実態・・その２ 狭い店だったので、Ｃ課長とＤ課長は、すぐにＡ氏とＢ氏をみつけ、彼らのボックスにやってきました。「なんだ、お前らも来てたのか」とＣ課長。Ｄ課長は、なにも言わずに席に着きました。Ｃ課長は [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【その３８】パワハラの実態・・その２</p>
<p>狭い店だったので、Ｃ課長とＤ課長は、すぐにＡ氏とＢ氏をみつけ、彼らのボックスにやってきました。「なんだ、お前らも来てたのか」とＣ課長。Ｄ課長は、なにも言わずに席に着きました。Ｃ課長は、「もう説教は終わりだぞ」とＤ課長に言い、Ａ氏、Ｂ氏、Ｃ課長は、いつものように楽しく馬鹿話を始めました。しかし、Ｄ課長が、再びＡ氏に向かって、先ほどの焼き鳥屋と同じ話を始めたのです。「お前は、若いくせになまいきだ」、「お前らは、上の言うことを聞いて黙って仕事しろ」などなどです。Ｃ課長は、Ｄ課長に「いいかげんにしろ。だいたいお前は、Ａと同じこと（プロジェクトに関する不満）を言っていたじゃないか」と、少々怒った顔でさとしました、Ｄ課長もさすがに、その時は、黙ったのです。</p>
<p>ところが、Ｄ課長の沈黙は長くは続きませんでした。Ｃ課長がトイレに立ったとたん、再びＡ氏に対する説教が始まったのです。内容は、まったく同じです。気の強いＡ氏は、何も返事をせず、Ｄ課長をじっと睨みつけました。沈黙をしながら、じっと自分を睨んでいるＡ氏に対し、Ｄ課長は、言葉を失いました。すると、その瞬間、Ｄ課長は、立ち上がり、テーブルにあった水割り用のピッチャーをつかむと、Ａ氏の頭にピッチャーの中の水をあびせかけ、そのまま店を出ていきました。</p>
<p>その後、事件が起きました。Ａ氏は、立ち上がり、Ｄ課長の後を追い、ドアの外で、Ｄ課長の名前を呼びました。もちろん、「Ｄ課長」などと呼びません。「おい、Ｄ」と、呼び捨てです。振り返ったＤ課長に向かって、Ａ氏は、右ストレートをＤ氏の胸に一発決めました。そのとき、Ａ氏は、非常に冷静でした。ドアの外で声をかけたのは、店に迷惑をかけないためでしたし、顔ではなく、胸を狙ったのは、Ｄ課長が脳しんとうを起こしてしまうことを避けたからです。そもそも、キレた人は、たいていフックになってしまうのですが、Ａ氏は、冷静にストレートをくりだしたのです。Ｄ氏は、その場にうずくまり、Ａ氏は、だまってそれを見ていました。Ａ氏は、それ以上Ｄ氏をなぐる気はありませんでした。一発で十分な手ごたえがあったからです。そして、そのとき、Ａ氏は、会社を辞めることを覚悟していました。管理職を殴るなど、サラリーマンにはあってはならないことだからです。これは、一瞬のできごとでした。</p>
<p>そこへ、スナックのママさんが、「やめてー！」と叫びながら出てきました。また、その後から、トイレから出てきたＣ課長が、「Ａ、やめろ！」と飛び出してきました。</p>
<p>しかし、うずくまっているＤ課長を見たＣ課長は、「おそかったか」とつぶやき、Ａ氏に向かって、「Ａ、もういいだろう」と言葉をかけました。そして、Ｃ課長は、Ｄ課長に向かって言いました。「今日のことは、Ｄ、お前が全て悪い。今あったことは、だれにも言うな。もし言ったら、お前がやったことをおれは、会社に話すぞ。」息も絶え絶えだったＤ課長は、力なくうなづきました。さらにＣ課長は、ママさんと、もうひとりいた店の女の子に「今あったことは、だれにも言わないように」と口止めをしました。Ｃ課長も、とても冷静だったのです。そして、幸い、店には、他に誰も客はいませんでした。</p>
<p>その後のＡ氏ですが、なんのおとがめもなく、無事にサラリーマン生活を続けました。Ｄ課長も、だれにも何も言わなかったのです。Ｃ課長の「もし言ったら、お前がやったことをおれは、会社に話すぞ」が効いたのでしょう。事件がばれてしまったら、Ａ氏はまずい立場に追いやられるでしょうし、会社に居場所が無くなって退職するかもしれません。しかし、同時にＤ課長の立場も無くなってしまうからです。</p>
<p>僕は、ここで、暴力はよろしくないという議論はするつもりはありません。同時に、Ａ氏を擁護するつもりもありません。</p>
<p>そして、Ｄ課長の行為は、パワーハラスメントと言えます。彼のＡ氏に対する攻撃は執拗で、論理に一貫性がなく、攻撃のための攻撃であり、さらには、Ａ氏に頭から水をかけると言う行動にまでエスカレートしていきました。</p>
<p>これまでのお話しの中からお伝えしたいことは、次の５つです。</p>
<p>１）パワハラは、しつこい。</p>
<p>２）パワハラは、相手を徹底的に侮辱する。それは、理不尽な行為である。</p>
<p>３）パワハラに対し、冷静に正当にジャッジする人がいて（この場合はＣ課長）、その人が毅然とふるまえば、パワハラの被害者は、救われる。</p>
<p>４）パワハラをするような、いわゆるハラサーには、根底に怯えがある。だから、Ａ氏の沈黙にＤ課長は耐えられなかったし、「もし言ったら、お前がやったことをおれは、会社に話すぞ」というＣ課長の言葉に従わざるを得なかった。</p>
<p>５）パワハラが新たな暴力を生むことがある。</p>
<p>つづく</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３７・・パワハラの実態　その１</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1962</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1962#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 15 Aug 2010 11:13:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=1962</guid>
		<description><![CDATA[【その３７】パワハラの実態・・その１ パワハラは、相変わらず、多いです・・というか、最近増えているように思えます。これから、お話しするのは、実際にあったパワハラの実態です。 Ａ氏は、大学院の修士課程を修了して、入社4年目 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【その３７】パワハラの実態・・その１</p>
<p>パワハラは、相変わらず、多いです・・というか、最近増えているように思えます。これから、お話しするのは、実際にあったパワハラの実態です。</p>
<p>Ａ氏は、大学院の修士課程を修了して、入社4年目の28歳です。その頃、Ａ氏は、ある大きなプロジェクトにかかわっていました。Ａ氏にすれば、初めての大きなプロジェクトで、とても張り切っておりました。しかし、そのプロジェクトは、目的はよいのですが、どうもうまくオーガナイズできておらず、方針が定まらないため、数十人の人達が、毎日深夜まで残業するような事態になっておりました。その結果、プロジェクトに関わっている人達には、不満が充満していました。</p>
<p>そんな状態が１ヶ月ほど続き、中締めということで、みんな残業せずに早く帰ることができる日がありました。Ａ氏は、同じくプロジェクトに参加している1年後輩のＢ氏（27歳）と連れだって、退社後飲み屋街に繰り出しました。Ａ氏とＢ氏が、いきつけの焼き鳥屋に行くと、そこには、やはりプロジェクトに関わっているＣ課長と、Ｄ課長がすでに飲んでおりました。Ａ氏とＢ氏を見つけたＣ課長が手招きし、一緒に飲むことになったのです。Ａ氏とＢ氏は、先輩におごってもらえるかもという期待を持ちながら、Ｃ課長Ｄ課長の席に行きました。</p>
<p>Ａ氏もＢ氏も、Ｃ課長のことはよく知っていたのですが、Ｄ課長のことはよく知りませんでした。Ｃ課長は、なんでも話せる先輩で、若手からはとても人望がある人でした。Ｄ課長と飲むのは初めてでしたが、彼もなかなか気さくそうに見えました。その場での話題はやはり、そのとき関わっていたプロジェクトについてでした。Ｃ課長もＤ課長も、プロジェクトのやり方については、不満を述べておりました。Ａ氏とＢ氏は、若手なので自分からは意見を言わずに聞き役に回っていたのですが、Ｃ課長とＤ課長が同じような思いでいることに安心感を覚えました。</p>
<p>ほどよく酔いが回ってきた頃、Ｄ課長が、Ａ氏とＢ氏に向かって、「君ら若手も、いろいろ不満があるだろう。今日は無礼講だから、思ったことを何でも言ってみろ」と言います。後から思うと、「無礼講」などと言う言葉をまともに受け取ってしまったのが悪いのですが、酔いも回っていたＡ氏は、日頃感じていたことをとうとうと述べはじめました。ちょっと過激なことも言ったのですが、Ａ氏は、Ｃ課長とＤ課長がさっきまで話していたことと同じようなレベルだし、せっかくの無礼講だし、この際だから、あまり遠慮せずに自分の意見を言ってしまおうと思ったのです。気持ちよく話していたＡ氏は、Ｄ課長のかおがこわばってきたことには気づきませんでした。Ａ氏が我に帰った？のは、Ｄ課長の突然の「なんなんだそれは！」という言葉でした。</p>
<p>Ａ氏はなんのことやらわからず唖然としていると、Ｄ課長の機関銃のような説教が始まりました。「お前は生意気だ！」、「お前らみたいな若いのは、上から言われたことをただ聞いていればいいんだ！」、「えらそーなことを言うんじゃない！」、「そんな意見は10年早い」などと反論する余地もなく、矢継ぎ早に、Ａ氏はＤ課長から批判されました。Ｃ課長が、「まあ、いいじゃないか。お前が無礼講って言ったんだから・・」ととりなしても、Ｄ課長の怒りは収まりません。</p>
<p>その後も延々と、Ｄ課長のお説教が続きました。Ｃ課長は、「もういいかげんにしろよ」と言うのですが、Ｄ課長は、「若いものには、しっかりと言い聞かせなきゃだめだ！」と、聞く耳を持ちません。Ａ氏は、ショックを受けることはなく、ただばかばかしい思いでＤ課長のお説教を聞いていました。</p>
<p>Ａ氏の考えていたことは、「酔っ払いの相手をしても仕方がないので、早く退散しよう」です。Ｄ課長のお説教が一息ついた時（それまで30分ぐらいの時間が過ぎていました）、Ａ氏とＢ氏は、「ごちそうさまでした」と、まだ物を言いたそうなＤ課長とうんざりした顔のＣ課長にお礼を言い、その焼き鳥屋を出ました。</p>
<p>Ａ氏とＢ氏は、他の店で飲みなおすことにしました。「いやー、Ｄ課長が、ああいう人だとはねぇー」とＡ氏が言うと、Ｂ氏も「びっくりしましたね。飲みなおして気分を変えましょう」と言いました。Ａ氏とＢ氏は、気分よく飲み直し、その後、もう一軒寄ってから帰ろうと言うことになり、なじみのスナックに行き、その店のママさんたちと馬鹿話をしながら、楽しく飲んでいました。</p>
<p>そこに、なんと、Ｃ課長とＤ課長が入ってきたのです。彼らも帰る前にもう１軒というこんたんだったのでしょう。</p>
<p>つづく</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　常任理事　事務局長</p>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３６　むむむな体験</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1958</link>
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		<pubDate>Wed, 28 Jul 2010 11:16:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３６】むむむな体験 この１ヶ月ほど、少々不安な日々が続いていました。実は、健康診断でひっかかって、癌の疑いありって言われてしまったのです。まあ、とほほ通信でこんなことを書いていると言うことは、結果から申し上げますと [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その３６】むむむな体験</span></strong><strong></strong></p>
<p>この１ヶ月ほど、少々不安な日々が続いていました。実は、健康診断でひっかかって、癌の疑いありって言われてしまったのです。まあ、とほほ通信でこんなことを書いていると言うことは、結果から申し上げますと、癌ではなかったということになりました。まずは、ほっとしました。</p>
<p>発端は、血尿です。僕は元々、結石持ちで、１５年ほど前、１７年前に２度入院したことがあります。その時も血尿が出たので、今回もすぐにおさまるだろうと思っていたのですが、いつまでたってもとまらないんです。たまたま、そのとき、健康診断の予定を入れていたのですが、やはり血尿が出てしまいました。そのときは、肉眼ではわからなかったのですが・・。</p>
<p>その後、泌尿器科でＣＴとレントゲン検査となったのですが、案の上腎臓に結石がありました。結石の一部が出てきた時にどこかを傷つけて血尿になっているのかもしれないとのことでしたが、１週間以上も血尿が出ていることから、さらに詳細検査が必要と言うことになりました。お医者さんに原因を聞くと、いくつかの病名を説明してくれましたが、腎臓、膀胱、あるいは前立腺がんの可能性もあるとのことでした。</p>
<p>ネットで「血尿」と調べると、「もっとも怖いのが癌」などと書かれています。ただ、最近の医療の進歩はすばらしく、膀胱がんの中には、手術なしで治るものもあるらしいです。なんでも結核の治療薬を膀胱に注入するというのを一定期間続けると、がんが完治するのだそうです。そういえば、かつて「丸山ワクチン」というがんの治療薬があり、確かそれは結核の薬だったなと思います。そのころ、丸山ワクチンは、医学界からキワモノ扱いされていたように記憶していますが、やはりある所の癌には効果があったのですね。</p>
<p>おかげで、泌尿器系のがんの知識には詳しくなりました。</p>
<p>お医者さんからは、「来週、膀胱内視鏡をしてみましょうか」と軽くさわやかに言われました。・・と言うわけで、１週間後に、その検査を受けることになりました。</p>
<p>当日、病院に行くと、僕は別室に行き、ガウンに着替えました。看護師さんに「ここでお待ちください」と言われ、僕はベッドに腰掛けて先生を待っておりました。そのベッドには、妙なものがついていました。要は、女性が出産するときに足を乗せる器具が、ベッドの両脇に、昆虫の触角のように生えているのです。「へぇー、泌尿器科にも、こういうのがあるんだ」と、僕は、興味津津でした。</p>
<p>しばらく待っていると、看護師さんと先生がやってきました。看護師さんは、「あっ、下着は脱いでください」と言います。私は、素直に下着を脱いで、再びベッドに座ると、今度は、先生が、「それでは、ここに足を乗っけてください」と、またまたさわやかにおっしゃいます。な、なんと、例のベッドから生えている触角を、僕が使うはめになってしまったのです。両足を片足づつその器具の上に乗せ、僕は、あられもないかっこうになってしまいました。「もう、どうにでもして！」って感じです。しかし、それは、これから起こるめくるめく体験の序曲にすぎませんでした。</p>
<p>おもむろに、先生は、内視鏡を取り出しました。僕は、ギョエッ！っと思いました。膀胱内視鏡ですから、きっととても細いものだと勝手に想像していたのですが、な、なんと、それは、胃カメラと同じくらいの太さがありました。「えっ、それなんですか」と僕。先生は、これまたさわやかに、「そうです。これが内視鏡です」とおっしゃり、さらに、「まず、尿道を痛めないように、ゼリーを注入しますね」と言いながら、注射器で・・。</p>
<p>僕は、なんとも妙な感覚に、「麻酔は無いんですか」と聞いたのですが、「ありません」とのお答えでした。その後、いよいよ内視鏡検査です。これが、息が止まるような、そして、なんとも変な感じなんです。なにしろ、そもそも膀胱から外へという本来の流れに逆行するのですからね。</p>
<p>先生は、平然と「ここが前立腺です。ここは異常ありませんね」などと画面を見ながら説明してくれるのですが、僕はそれどころじゃありません。</p>
<p>内視鏡は、ついに膀胱まで達し、そこで、３６０度、膀胱内をチェックするのです。いやー、はっきりと映るものです。幸い、膀胱から尿道まで、異常はありませんでした。</p>
<p>検査が終わった時、僕は、精も根もつきはてたって感じでした。</p>
<p>結局、なんの異常も発見されず、２週間後に出た尿検査の結果も、癌の兆候なしということになりました。やれやれで、ございました。</p>
<p>しかし、がんの可能性ありなどと聞くと、やばいという気持ちになるものです。</p>
<p>入院ともなったら、カウンセリングオフィスはどうしようか？クライアントさんをだれにリファーしようか？入院先で、スカイプでカウンセリングはできないか？もしものことがあったら、家族に残す財産なんてほとんどない！やり残した仕事がいっぱいある！せっかく８月に本を出版するのに、それが店頭に並ぶのを見れないかも・・・などなど、不安（一部妄想）が膨らむばかりでした。</p>
<p>本当にがんになった人は、僕の感じた不安の比ではないんだろうなと思いました。</p>
<p>その不安がなくなって、とりあえず、やれやれです。</p>
<p>同世代のサザンの桑田さんが食道がんになったとのニュースがありましたし、僕も気をつけなきゃです。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３５　思いこみと現実</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1944</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1944#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 15 Jul 2010 07:18:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３５】思いこみと現実 私は、以前、石油会社に技術屋として働いておりました。会社には１５年弱勤めたことになります。その会社を辞めたのは、カウンセリング心理学を勉強するためにアメリカの大学院に留学するためでした。退職希 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その３５】思いこみと現実</span></strong><strong></strong></p>
<p>私は、以前、石油会社に技術屋として働いておりました。会社には１５年弱勤めたことになります。その会社を辞めたのは、カウンセリング心理学を勉強するためにアメリカの大学院に留学するためでした。退職希望を上司に話すまで、会社のプロジェクトにかかわり、管理職になるための研修などに参加していた私は、アメリカの大学院を目指していることを、会社の人達にはだれにも話しませんでした。つまり、私は、会社を欺いていたと言われても仕方のないことをしていたわけです。</p>
<p>私は、大学院に合格してからしばらく、退職のことを上司に切り出せずにいました。会社の人達から非難されるのではないかということを恐れていたからです。「ばかなことを考えるな」、「会社に恩を感じないのか？」、「やっぱりお前はだめなやつだな」など、上司からも同僚からも責められ、後輩たちからは冷たい目で見られるのではないかということを、私は想像していました。</p>
<p>しかし、現実は、私が想像していたことと全く違っていました。会社に退職希望を伝えた時、直属の上司は、一切私を非難せず、じっくり私の話を聞いてくれました。上司に話してしまったからには、おそらく二～三日のうちに会社の上層部や人事部の人達に、私が退職すると言うことが伝わっていたはずです。上司がこれだけ理解してくれたにもかかわらず、私はまだ、他の人達から非難されるだろうと想像していました。</p>
<p>ところが、私の退職を知った幹部の人達が、だれも私を責めないのです。元上司だった部長は、「おもいきったことやるなぁー。まあ、がんばれよ！」と声をかけてくれました。また、退職届を出してから一週間ほどたったころ、取締役から、「ちょっと部屋に来る時間あるかい？」と、直接電話がありました。当時管理職にもなっていない私に、取締役から直接電話があるなどと言うことはありえないことでした。私は、お小言を覚悟して取締役室に伺いました。しかし、取締役は、「面白いことはじめるんだねぇー。私もチャンスがあって若かったら、向後君みたいなことをやってみたかったねぇ」とおっしゃるのです。そして、切れ者のエンジニアと評判だった取締役が、意外にも心理学への興味を語ってくれました。</p>
<p>その後も、「送別会ラッシュになるだろうから」と、何人もの会社の幹部の方々から、退職の発表前に一対一の飲み会のお誘いを受けました。退職発表後は、毎日だれかが送別会を開いてくれました。その総数は、三〇〇人以上にも上ります。そして、どなたも、私を励ましてくれました。ありがたいことです。</p>
<p>私は、間違っていました。「皆から非難されるだろう」というのは、私の思いこみにすぎなかったのです。この思いこみは、私のひねくれた性格に起因するもので、それは、「どおせ、オレなんか・・」という自動思考（なにかあると自動的に働く思考パターン）の原因になっていました。</p>
<p>私は、それまでの人生の中で、この「どおせ、オレなんか・・」という考えのために、いくつものチャンスを逃してきました。目の前にチャンスが巡ってきても、それをつかまえそこなったり、自ら降りてしまったりしたことが多々あったのです。また、私のプレゼンテーションは、ひねくれたものになり、いまいち説得力に欠けていたので、強いパワーで人を引っ張っていくということが苦手で、どちらかというと一人で仕事をこなしてくと言う方向を選択していたのです。まあ、表面上は、明るく元気にふるまってはいましたが・・。</p>
<p>退職の時のこの経験は、私の「どおせ、オレなんか受け入れられるはずがない」という歪んだ信念をかえていくきっかけになりました。</p>
<p>最近、当時会社で同僚だったみなさんと飲みに行く機会がありました。10数年ぶりに会う人もいて、なつかしかったです。みなさん、だいぶ偉くなって、おなかのあたりが豊かになった半面、頭の方はさびしいというおっさんになっていましたけれど、相変わらず楽しい人達でした。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３４　キンシャサの戦い</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1925</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1925#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Jun 2010 05:41:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３４】キンシャサの戦い 3月の半ばから、先週まで、セミナーの主催、自分自身のセミナー、新著の原稿締め切り、大学院のファイナルペーパーの採点、そして修士論文の審査と、目の回る状態で、とほほ通信がとどこおってしまいすみ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その３４】キンシャサの戦い</span></strong><strong></strong></p>
<p>3月の半ばから、先週まで、セミナーの主催、自分自身のセミナー、新著の原稿締め切り、大学院のファイナルペーパーの採点、そして修士論文の審査と、目の回る状態で、とほほ通信がとどこおってしまいすみませんでした。やっと、最後の修士論文の審査が終わり、先週末から、自由の身になりました。やれやれ・・（私が勤めているのは、アメリカの大学院の東京サテライトキャンパスなので、修士論文の審査は6月になります）。</p>
<p>さて、自由の身になって、世の中をみわたすと、サッカーのワールドカップの話題で盛り上がっていますね。なんだか、岡田監督が急にヒーローになった感じですね。なんとか予選を突破してほしいです。しかし、デンマークは手ごわそう・・。</p>
<p>今回のワールドカップは、南アフリカ開催です。アフリカ初のワールドカップらしいですね。アフリカでのスポーツイベントというと、私などは、ザイールのキンシャサで行われた、モハメッド・アリとジョージ・フォアマンによるボクシングのヘビー級のチャンピオンシップを思い出します。1974年に行われたのですから、もう36年も前の話なんですが・・。</p>
<p>私は、当時高校3年生で、受験勉強などはそっちのけで、試合を見た記憶があります。</p>
<p>モハメッド・アリは、1960年のローマオリンピックで金メダルを取った後、プロに転向し、1964年にソニー・リストンを破ってチャンピオンになりました。アリは、試合前から対戦相手を何ラウンドにＫＯすると宣言するなど、大口叩きとかほら吹きとか言われもしましたが、実際にそうした宣言を実現させてからは、むしろ彼の大口は、何か神秘的なものさえ感じさせました。</p>
<p>アリのボクシングは、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と形容されたように、フットワークを多用し、ただブンブンパンチを振り回す当時のヘビー級のボクシングに、まったく新しいスタイルを持ち込みました。彼の試合は、とても華麗で、またスピード感がありました。あっという間に相手の急所にパンチを入れ、見ている側も何が起こったのかわからないうちに相手が倒れていきました。アリのボクシングは芸術でした。</p>
<p>アリは、その後も無敗のまま防衛を続けていきましたが、ベトナム戦争への徴兵拒否により、ヘビー級の王座を3何7ヶ月も奪われることになりました。プロのスポーツ選手が4年近くもブランクがあったら、普通再起はできるものではありませんが、アリは、1970年に再びリングに上ります。</p>
<p>それ以降のアリは、勝ち星は重ねるものの、往年の絶対的な強さは見られませんでした。1971年には、王者だったジョー・フレージャーに生涯初めての負けを喫しました。ジョー・フレージャーもまた、天才的なボクサーで、当時無敵とも史上最強とも言われたものです。</p>
<p>そのジョー・フレージャーを2回ＫＯ勝ちで破って王座に就いたのが、ジョージ・フォアマンです。フォアマンのパンチは強力で、「象をも倒す」と言われたものです。私の記憶では、フォアマンのパンチがフレージャーのボディーに決まった後、フレージャーが血を吐いて、その後ＴＫＯとなりました。あんなすごいＫＯシーンは初めて見ました。</p>
<p>フォアマンの初防衛戦は、1973年東京で開かれました。私は、家に早く帰って（確か、午後の授業はさぼって速く帰ったように記憶しています）、フォアマンの試合をテレビで見ました。</p>
<p>日本で初めてのヘビー級ボクシングのチャンピオンシップということもあり、リングサイドには、三船敏郎、勝新太郎など、たくさんの著名人が観に来ていて、試合前に延々と、そうしたゲストに対するインタビューが続き、なかなか試合が始まらず、イライラしたものでした。しかし、いざゴングが鳴ったら、１Ｒで、あっという間に挑戦相手のジョー・キング・ローマンをＫＯしてしまったのです。１Ｒ開始のゴングが鳴ったかと思ったら、ローマンがフォアマンのパンチですっ飛んで行ったのをはっきりと覚えています。私の同級生などは、ゲストへのインタビューがあまりに長いので、しびれをきらしてトイレに行って帰ってきたら、試合が終わっていたのだそうです。</p>
<p>それほど強いフォアマンに、アリがフレージャーを再戦して負かし、1974年10月に挑戦することになったのです。これが、キンシャサの戦いです。大方の予想は、圧倒的にフォアマン優勢でした。アリは、32歳で、ボクサーとしての峠は過ぎていたのに対し、フォアマンは25歳と若く勢いがありました。</p>
<p>しかし、アリは、この試合に勝ち王座を奪還するのです。１Ｒ目から、フォアマンはアリに襲いかかっていきました。最初のうちこそアリ得意のフットワークを使っていたのですが、ラウンド半ばには、ロープ際に追い込まれ、アリはサンドバックのようにフォアマンにボディーを打たれ続けました。</p>
<p>これが、２Ｒ以降もずっと続きます。アリは顔をガードしてはいるものの、フォアマンにボディーを打たれ続けるのです。でも、アリは倒れません。ほとんどの試合を１～２ＲでＫＯ勝ちしてきたフォアマンもしだいに、不思議そうな顔をしはじめます。</p>
<p>そして、運命の８Ｒ目。フォアマンは、それまでのラウンドと同じようにアリのボディーを打っていたのですが、さすがに疲れが出てきたのでしょう。一瞬緊張が緩みました。その瞬間に、ロープにもたれていたアリが華麗なフットワークで前に出て、フォアマンの顔面にパンチを決め、一瞬のうちに勝負が決まりました。フォアマンが倒れそのままアリのＫＯ勝ちになったのです。フォアマンのプロ41戦目にして初めての敗北でした。</p>
<p>アリは、最初からフォアマンの疲れと緊張が緩む瞬間をねらっていたのです。８Ｒ目のアリを改めて見ると、両手でガードしている奥から、しっかりとフォアマンを見据えていました。そして一瞬のスキを見逃さず、蜂のように刺したのです。</p>
<p>見事な戦いでした。これがキンシャサの戦い、あるいはキンシャサの奇跡と言われる試合です。</p>
<p>その後、アリは10度の防衛を果たしやがて引退しました。一方、敗れたフォアマンは、3年後に引退し、なんと宣教師になってしまいます。</p>
<p>しかし、ドラマはそこでは終わりません。フォアマンは、青年厚生施設建設費用ねん出のため1987年、38歳で再びリングに立ち、ボクサーとして復活します。38歳ですから、もうピークはとうに過ぎていて、その後、ホリーフィールド、モリソンといった当時のチャンピオンに挑戦することができたのですが、いずれも負けてしまいます。しかし、1994年フォアマン45歳の時に、王者のマイケル・モーラーへの挑戦権を獲得し、１０ＲＫＯ勝ちをおさめ、ヘビー級史上最年長のチャンピオンになります。そのとき、フォアマンは、キンシャサの戦いでのアリと同じような戦法を使います。つまり、相手に打たせて疲れさせて、疲れたところを１発で決めるという戦い方でした。</p>
<p>スポーツは、すばらしい。勝った側にも負けた側にもドラマがあります。３０年以上たった今も、こんなにはっきりと覚えているのですから・・。今年のワールドカップでは、日本チームには、みんなが３０年後に覚えているような戦いをすることを期待します。</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
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		</item>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３３　安全な場所からのジャッジメント</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1712</link>
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		<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 10:01:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３３】　安全な場所からのジャッジメント オリンピックも終わりましたね。ＴＶ観戦している私にとっては、感動的な場面がいっぱいありました。 浅田真央選手とキム・ヨナ選手の戦いはすばらしかったし、上村愛子選手の滑りにの切 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>【その３３】　安全な場所からのジャッジメント</strong></p>
<p>オリンピックも終わりましたね。ＴＶ観戦している私にとっては、感動的な場面がいっぱいありました。</p>
<p>浅田真央選手とキム・ヨナ選手の戦いはすばらしかったし、上村愛子選手の滑りにの切れ味にもしびれましたし、カーリングの面白さを知ったし、アルペン系の競技も0.01秒台の争いで見ごたえがありました。アスリート達は、すごい！</p>
<p>彼らは、ほんのぎりぎりの差の中で争っていて、ちょっとしたミスが命取りになる妥協の許されないような世界で生きています。</p>
<p>それに比べて、観戦している私なんぞは、お気楽なものです。暖かい部屋の中でコーヒーでも飲みながら、ＴＶを見て、あーだこーだ言っているわけですから・・。</p>
<p>この感動のオリンピック期間中、実は、少々暗い気持ちになったことがあります。それは、スノーボードハーフパイプの國母選手に関することです。國母選手は、みなさん御存じのとおり、出国時の腰パン騒動で一躍注目を集めました。彼のファッションに批判が高まり、その結果、彼は入村式に出られなくなり、記者会見で記者やレポーターの前で謝罪しなければならなくなり、彼が在校している東海大学は、応援を中止し、試合が終わって、帰国時のインタビューでも、レポーター達から彼の服装について質問される羽目になりました。</p>
<p>さらに、その間、ネット上では、國母選手に対する誹謗中傷が乱れ飛んでいました。私は、２チャンネルをはじめとするネットでの書き込みは見ない主義なのですが、今回は、國母選手に対する批判がひどすぎるということをツイッター情報で知ったので、ちょっと覗いてみたのです。</p>
<p>いやー、酷かった。勝手な憶測で、自分の思い込みをあたかも正義漢のような口調で書きこんでいるんです。内容はあまりにめちゃくちゃなので、ここでは紹介しませんが、週刊誌の中吊り広告で誰かを批判する時の見出しをさらに過激にしたような内容です。しかも、全て匿名です。読んでみて唖然としました。</p>
<p>こういう行為を、本来は「卑怯」と言うのです。</p>
<p>國母選手の服装については、だれかが、びしっと注意すればそれですむ話じゃないですか。私には、入村式の辞退も、記者会見も、大学の応援中止も、まったく無意味なものに見えました。そして、ネットでの誹謗中傷は、言語道断です。</p>
<p>僕が東海大学の総長だったら（そんなことは一生あり得ないけど）、「それでも、國母君は、うちのかわいい学生です！」って宣言して、全校をあげて応援しますよ。</p>
<p>このようにメディアやネット上で、だれかをターゲットにして徹底的に非難する風潮って、醜いなと思います。そもそも、そういうことをする人達は、安全な場所から、ほとんどが匿名で、しかも上から目線で批判を展開しています。非常にカッコ悪い。</p>
<p>この傾向は、しばしば見られます。数年前の「イラクの人質事件」における「自己責任論」なんかも、まさにその例です。また、いまだに蔓延している学校や職場でのいじめ問題なんかも同じメカニズムです。それ以外にも、さまざまな場所で、こうした一方的な非難の傾向が見られます。</p>
<p>どうも最近、暗黙のルールができやすく、それが強力な規範となって、それ以外の価値観は認めないという雰囲気にすぐになってしまうよう傾向が強まっているように思います。</p>
<p>これは、これから人類が進む方向だと言われているヴィジョンロジック（価値観の多様化を受け入れること）とは逆行する動きで、文化的な退行です。</p>
<p>ちなみに、ネット上では、國母選手へのマスコミをはじめとする対応については、かなり批判が出されていたと言うことを付け加えておきます。この辺に、少しは希望があるととらえたほうがいいのかどうか・・。マスコミの対応に対する意見の中にも、「ん？」というのもありましたし・・。</p>
<p>（第33回おわり）</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３２　現代の脱藩者</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1666</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1666#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 26 Jan 2010 02:34:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３２】現代の脱藩者？ NHKの大河ドラマで竜馬伝がはじまったせいか、本屋に行くと坂本竜馬の本が並んでいます。また、去年からの歴女ブームで、幕末の志士関係の本も多いですね。これ、面白い現象だと思います。 幕末に活躍し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その３２】現代の脱藩者？</span></strong><strong></strong></p>
<p>NHKの大河ドラマで竜馬伝がはじまったせいか、本屋に行くと坂本竜馬の本が並んでいます。また、去年からの歴女ブームで、幕末の志士関係の本も多いですね。これ、面白い現象だと思います。</p>
<p>幕末に活躍した人達の多くは、脱藩者です。坂本竜馬もそうだし、幕末の志士達に多大な影響を与えた吉田松陰も脱藩した経験があります。</p>
<p>彼らは、藩という枠組みの中では、自分のやりたいことができないと感じていた人達です。彼らは、幕末から明治維新にかけて、大きな役割を果たしました。勝海舟などは、従来の制度にこだわらず、有為な人材を幅広く集めようとしていたらしく、脱藩者だろうがなんだろうが、有能な人材を世に出そうとしました。全ての脱藩者とは言えませんが、坂本竜馬や吉田松陰などをはじめ、実際有能な人達もたくさんいたわけです。</p>
<p>カウンセリングをしていると、不登校になった学生や、会社を休職した人達や退職した人達、それからひきこもりの人達、フリーターの人達などとお会いする機会があります。彼らとお話をしていると、彼らは、現代のシステムに嫌気がさした脱藩者なんじゃないかと思います。</p>
<p>「現在の脱藩者」の中には、興味深い考え方をしている人も少なくありませんし、彼らの問題意識には共感することも少なくありません。彼らは、自分の思いをためすことも、あるいは、主張することさえもできなかったのではないかと思います。</p>
<p>現在の日本は、みんな同じ価値観を持つことを強要されているように感じます。学校では偏差値でジャッジされ、仲間内でさえも空気を読まねばならず、公園デビューなんてばかばかしい規範があり、会社の中には見えない規範があって、その規範に反する発言は、はばかられます。</p>
<p>以前、ある会社を訪ねた時、みなさんが同じような発言をされるのに、違和感を持ちました。そもそも使う単語もしゃべり方も同じなんですね。「これからのビジネスモデルは・・」、「お客様とwin winの関係を・・」などなど、お話はもっともなんですが、しゃべり方まで同じとなると、ちょっと気味悪くなりますね。</p>
<p>以前あった「自己責任論騒ぎ」なんていうことがありましたが、私は、あれを見ていて、日本中がヒステリーになったみたいで恐怖すら感じたものです。2004年に起きたことなのですが、イラクで支援活動をしていた3人の若者が拉致された事件です。あの時、マスコミを含め、日本中が彼らが拉致されたのは「自己責任だ」と大合唱していました。まったく気味悪い現象です。この傾向は、今でも変わらないと言ってよいでしょう。</p>
<p>これでは、脱藩もしたくなるでしょう。</p>
<p>「学校や会社をドロップアウトした人達と、幕末の脱藩者はちがう。幕末の志士は、立派な志があったじゃないか。世の中を変えようとしていたではないか」という人達もいるかもしれませんが、私はそうは思わないんですね。</p>
<p>幕末には、尊王攘夷という大義名分があったから元気だったのであって、そういうものがなかったら、志士になっていった人達もうつうつとしていたのではないかと思います。</p>
<p>だから、学校や会社からドロップアウトした人達を、十把一絡げに負け組みたいに見ている風潮は、どうも嫌ですね。もちろん問題があって退学したり退社したりした人もいるのでしょうけど、それは特殊なケースだと思いますが・・。</p>
<p>私は、ドロップアウトした人達が、ちゃんと主張できて、いつでもやりなおしのきくシステムができていかないといけないと思うんです。</p>
<p>私には少々アイデアがあるのですが、10年くらいかけて、そうしたシステムを作ってけたらと思います。まあ、今は金なし力なしですが・・。これは私の初夢であります。</p>
<p>（第32回おわり）</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　事務局長</p>
<p>ｶｳﾝｾﾘﾝｸﾞｵﾌｨｽ　「ハートコンシェルジュ」　カウンセラー</p>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３１　今年はじめて知ったこと</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Dec 2009 04:58:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３１】今年はじめて知ったこと 年もおしせまってきました。 ２００９年もいろいろなことがありましたね。 総決算と言うわけで、今年私が、はじめて知ったことを書いてみます。 【その１】辛さは、味覚ではなく痛覚である。 私 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その３１】今年はじめて知ったこと</span></strong><strong></strong></p>
<p>年もおしせまってきました。</p>
<p>２００９年もいろいろなことがありましたね。</p>
<p>総決算と言うわけで、今年私が、はじめて知ったことを書いてみます。</p>
<p>【その１】辛さは、味覚ではなく痛覚である。</p>
<p>私は、辛い料理が好きなんですが、辛みというのは味覚じゃなくて痛覚なのだということを聞きました。ちなみに味覚とは、苦味、酸味、甘味、塩味、旨味なんだそうです。旨味っていうのがよくわからないな？？？なんでも、こんぶのだしなどででる味のことなのだそうです。</p>
<p>しかし、そうなると辛い料理の好きな私は、味音痴で痛みの好きなマゾってことになるのかな？？？</p>
<p>【その２】ブラックホールに吸い込まれる時、宇宙の終わりが見えるかもしれない。</p>
<p>ブラックホールに吸い込まれる人を外から見ると、相対性理論によれば、時間がだんだんゆっくり進んでいくように見えるらしいです。でも吸い込まれている人は、普通に時間が進んでいる・・。</p>
<p>そして、ブラックホールに吸い込まれる瞬間には、外から見ると、まったく静止しているように見えるのだそうです。つまり、永遠に時間が止まっていて、吸い込まれる瞬間にたどり着かないんだそうです。</p>
<p>・・と、いうことは、ブラックホールに吸い込まれていく人が、周りを見渡すと（そんな余裕はないかもしれないけど）、すごいスピードで宇宙が年取っていくのが見えるはずです。なにしろ、周りから見ると、時間の進みがゼロなわけだから、逆に吸い込まれる側からまわりを見ると、無限大の速さで時間が進んでいくわけです。</p>
<p>だから、ブラックホールに吸い込まれる人は、宇宙の終わりまで見ることができるのかもしれないというわけです。</p>
<p>【その３】ビッグバンの時、宇宙は、光より速く膨張したことがある。</p>
<p>最近の物理学では、そういうことになっているのだそうです。なんでも、ビッグバンで宇宙が始まった瞬間のほんのちょっとの間にインフレーションとものが起こり、光より速く宇宙が膨張したのだそうです。・・んー、よくわからん。</p>
<p>【その４】恵比寿と代官山は近い。</p>
<p>オフィスが恵比寿に移ったのですが、代官山とこんなに近いとは知らなかった。恵比寿から代官山まで、歩いて１０分かからないんですね。恵比寿から電車で代官山まで行くとすると、JRで渋谷まで出て東横線に乗り換えるか、宮崎あおいさんでおなじみの東京メトロの日比谷線で中目黒まで行って東横線に乗り換えるという手があるのですが、たぶん、歩くのとたいして変わりがないのでしょうね。</p>
<p>【その５】お米をふくろにつめて電子レンジでチンとするとカイロ代わりになる。</p>
<p>これは、友達夫婦から教わったのですが、お米を布の袋に詰めて電子レンジで２分ほどチンすると、しばらく暖かいんです。友人の奥さんが作ってくれて、実際にやってみたのですが、首に巻いて寝ると心地よいです。</p>
<p>【その６】秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。</p>
<p>生物学の話です。生命とは不思議なものです。なにしろ、例えば、人間の体は、基本的に水とタンパク質（と脂肪？）でできているわけですから、放っておくとすぐに腐り始めるわけです。これは、物理学の中のエントロピーの法則「秩序は、無秩序に進む」にも合致します。それなのに、人間の生命が８０年程度維持できて、しかも成長していくというのは、ニュートン先生が発見したこの大法則に反しているようにも見えます。</p>
<p>生命が維持され成長する秘密は、細胞が劣化する前に壊され、新しい細胞と入れ替わるからなのだそうです。新陳代謝は大切なわけですね。どうも最近代謝が悪いような気がしますが・・。</p>
<p>【その７】量子コンピュータというものが研究されている。</p>
<p>量子力学を応用した量子コンピュータというものが、次世代コンピュータとしてさかんに研究されているらしいです。しくみはさっぱりわかりませんが、情報の処理速度が大幅に速くなるのだそうです。ただし、時々間違いも起こる可能歳があるらしいです。</p>
<p>間違いが起こり得るところなんかを考えると、コンピュータは、ますます人間の脳に近くなるのかな？</p>
<p>【その８】アメリカでは、ポピュラースピリチュアリティというのが受けている。</p>
<p>最近アメリカでは、ポピュラースピリチュアリティという考え方が流行しているようです。要は、ポジティブシンキング系のことらしいです。アメリカのトランスパーソナル学会では、あまり取り上げていないのですが、人間性心理学会あたりではさかんに講演会やワークショップが開かれているのだそうです。</p>
<p>ポジティブシンキング系の考えは、まあ、それはそれでいいんですが、ポジティブなフィーリングじゃないとダメみたいな議論になるのは、よくないと思いますねぇ。ネガティブシンキングもネガティブフィーリングも重要だと思うんですよね。ネガティブシンキングやネガティブフィーリングをしっかりと見据えることにより、ポジティブシンキングやポジティブフィーリングが生まれることはたくさんあるわけですから。単にネガティブなものに蓋をするだけだと、かえって悪い影響が出てくるように思います。</p>
<p>【その９】数学者がフェルマーの定理を証明するのに、３００年以上かかった。</p>
<p>・・のだそうです。フェルマーの定理自体は、中学生レベルでも理解可能なのですが、それを証明するって言うのは、難しいんですね。これは、サイモン・シンの本を読んで知りました。</p>
<p>中学生レベルでも理解できてまだ解決できていない数学的問題はいくつかあるそうです。例えば、ゴールドバッハの予測「４以上の偶数は、２つの素数の和で表すことができる」というもので、例えば、４＝２＋２、６＝３＋３、８＝３＋５、１０＝５＋５・・ということです。ゴールドバッハの予測は、１００年以上数学者が奮闘しても、今現在解けていないのだそうです。</p>
<p>100年以上証明されることのなかったポアンカレ予想と呼ばれる難問（これは、中学生レベルでは、設問自体がとてもわからない）は、ロシアのべレルマンという数学者が、2002年～2003年にかけて解いたと言われているのだそうですが、当のベレルマンさんは、40歳という若さで、研究所をやめ、実家で母親の年金で生活しているのだそうです。天才は、大変だぁ・・。</p>
<p>【その10】「私は正直者です」という人が、本当に正直かどうかということは証明できない。</p>
<p>その人（Aさんとしましょう）が、本当に正直者であって、「私は正直者です」ということもあるでしょう。でも、Aさんがうそつきでも同じことを言うわけです。Aさんは、うそつきだから、「私はうそつきです」と言ったら、正直なことを言ったことになってしまいます。Aさんがうそつきであるならば、やはり「私は正直者です」と言わざるを得ないのです。</p>
<p>屁理屈の私は、論理学はけっこう好きなんですが、これには今まで気付かなかった。</p>
<p>【その11】出川哲朗は、レギュラーまったくなしで１０年以上お笑い界で生き残っている。</p>
<p>島田神助さんがTV番組の中で言っていました。そうだったら、すごいです。</p>
<p>ところで、ダチョウ倶楽部はどうなんだろう？</p>
<p>【その12】フィンランドの１５歳は、学力が高い。</p>
<p>2006年の学習到達度の調査結果では、フィンランドは、57か国中、科学的リテラシーが1位で、読解力と数学的リテラシーが共に2位だということです。ちなみに日本は、科学的リテラシーが5位で、読解力が15位、数学的リテラシーが10位でした。そのためか、フィンランドの中等教育に関する本や、講演会がけっこう多いんですね。フィンランドを参考にする程度ならいいとは思いますが、あんまりシリアスにとらえない方がいいんじゃないかな？</p>
<p>【その13】３階がなくて４階がある建物があった。</p>
<p>札幌出張に行った時、そういうビルがありました。なんでだろう？？？</p>
<p>【その14】彗星の尾っぽはふたつある。</p>
<p>一つだと思っていたのですが、そうじゃないらしいです。彗星は太陽に近づいてガスと塵を放出するのですが、太陽風と磁場に影響されるガスと、彗星の軌道に沿って進む塵のふたつの尾ができるのだそうです。</p>
<p>【その15】サンドバックの中身は、砂じゃなかった。</p>
<p>布が詰まっているのだそうです。</p>
<p>【その16】近視が自然に治る人がいる。</p>
<p>レーシックじゃなくて、自然に治ってしまう人がいます。私の友人の一人がそうです。また、解離性同一性障害の人の交代人格の中には、視力の違う人もいるらしいと言うことを聞きました。</p>
<p>【その17】真珠湾の水深は12メートル。</p>
<p>これは、加藤陽子さんの本を読んで知ったことです。真珠湾攻撃の時、日本側の戦闘機は海上で魚雷を落下させ、停泊しているアメリカ側の戦艦や空母などを攻撃するわけですが、当時の常識では、真珠湾の水深が12メートルと浅いため、それは不可能とされていました。戦闘機から魚雷を落とすと、魚雷は一度60メートルの深さまで沈んだ後に浮上し、目標物に向かっていくというのが、そのころの常識だったわけです。</p>
<p>しかし、日本軍は、水深12メートルでも魚雷を目標物に当てる練習を、地形が似ている鹿児島湾でしたんですね。また、確か何年も前に読んだ三好徹さんの「興亡と夢」という本の中に、魚雷にも羽のようなものをつけて深く沈まないようにしたということが書いてあったように記憶しています。</p>
<p>真珠湾攻撃の良い悪いは置いておいて、当時の日本は、技術的にはすごいことをしてたんですね。</p>
<p>また、アメリカ側では、日本の暗号を解読していたはずなのに、真珠湾でなんの準備もしていなかったことをかねがね不思議に思っていたのですが、理由がわかったように思います。要は、アメリカとしては、戦艦や空母を真珠湾の中に停泊させておけば、12メートルの水深なのだから、魚雷攻撃されても大丈夫と踏んでいたのでしょうね。</p>
<p>【その18】頭で反応していたら、ピッチャーのボールは打てない。</p>
<p>ピッチャーが投げる瞬間、目でボールの握りを確認し、球種とコースを予測し、それを神経を通じて腕、腰、両足など身体の各部分に情報を伝達し、その情報をもとにバッターがバットを振るとなると、情報の伝達に時間がかかり過ぎ、プロのピッチャーのように140㎞ものスピードがあると、どうしても振り遅れてしまうのだそうです。ですから、なんでイチロー選手があんなにヒットが打てるのかは、今のところわかっていないのだそうです。</p>
<p>【その19】腸内の細菌の数は、人間の全身の総細胞数より多い。</p>
<p>人間の細胞の数が６０兆個というのは知っていましたが、腸内に巣くっている細菌の数がそれよりはるかに多いと言うのには驚きました。腸内細菌の数は、１２０兆～１８０兆個もあるのだそうです。細菌は、ただ巣くっているだけではなく、人間が生きて行くのに必要なのだそうです。こうなると、人体はひとつの宇宙ですね。福岡伸一さんの「科学者たちはなぜ見誤るのか？」という本で知りました。</p>
<p>【その20】見出しは、「デモは終わった、さあ就職だ」</p>
<p>60年安保の直後の週刊文春の記事の見出し（正確には第2段）は、「デモは終わった、さあ就職だ」だったのだそうです。半藤一利さんの本「昭和史戦後編」から知りました。当時、そーゆー見方もあったんですね。</p>
<p>【その21】嵐は、デビュー以来１０年紅白に出場していなかった。</p>
<p>年末これだけTVで言われればねー。</p>
<p>【その22】チャーチルは強運の持ち主だった。</p>
<p>第二次世界大戦中、チャーチルは急死に一生を得たことがあるのだそうです。チャーチルが乗っていた車がドイツの爆撃を受け、車の左側が大きく損傷を受けるということがありました。いつもは右側の座席に座るのが習慣だったチャーチルが、なぜかその日は左側に座っていたおかげで難を逃れたのだそうです（「本当にあった戦争の話」より）。</p>
<p>【その23】量子力学の世界では、多世界解釈が脚光を浴びている。</p>
<p>「神はサイコロを振りたまわず」というのは、アインシュタインが量子力学に対して言った言葉です。彼は、確率論的に解釈する量子力学に違和感を覚えたのでしょうね。</p>
<p>その量子力学の世界では、多世界解釈なる理論が研究されているようです。要は、世界は事象があるごとに枝分かれしていくという理論なのだそうです。サイコロを振って１の目が出れば、１の目が出たという前提で進んでいく世界に、２の目が出れば、２の目が出たと言う前提で進んでいく世界に・・という具合に、世界がどんどん生産されていくわけです。・・ということは、私が今日スリランカカレーではなくて、駅前のカレーうどんを食べようと決意したとたん、世界が変わると言うことですよね。ムムム・・。</p>
<p>【その24】2ミリの蘭が咲いた。</p>
<p>この12月4日、エクアドルで、幅2ミリの蘭の花が咲いているのが発見されたのだそうです。世界最小とのことです。</p>
<p>・・と、言うわけで今年もいろいろなことを学びました。</p>
<p>（第31回おわり）</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その３０　どーも違和感のある言葉</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1584</link>
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		<pubDate>Mon, 30 Nov 2009 14:16:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その３０】どーも違和感のある言葉 カウンセリングの業界で使われる言葉で、どーも違和感のある言葉があるんです。 まあ、私はひねくれものだから・・。 例えば、「癒し」です。わかるんですけどね。あんまり「癒し、癒し」って言わ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その３０】どーも違和感のある言葉</span></strong><strong></strong></p>
<p>カウンセリングの業界で使われる言葉で、どーも違和感のある言葉があるんです。</p>
<p>まあ、私はひねくれものだから・・。</p>
<p>例えば、「癒し」です。わかるんですけどね。あんまり「癒し、癒し」って言われると、もし、私がクライアントだったら反発しちゃうかもなんて思ってしまいます。「私は、癒していただかなくてもけっこうですっ！問題が解決すりゃぁいいんですっ！」みたいなこと言ってしまうかもしれません。「癒し」を強要されているみたいで嫌になってしまうかもしれません。それに、そもそも、カウンセリングというのは、自分に向き合うというプロセスがあるわけで、少なくとも途中経過では「苦しさ」もあると思います。気持ちよく癒される目的だったら、温泉やエステに行った方が「癒される」ようにも思うのですが・・。さらに言えば、「癒される」というよりも「すっきりする」っていう解決もあるような気もしますしね。</p>
<p>「癒し」と同じく、普通は動詞で使われるのに名詞化されているのが、「気付き」ってやつですね。「どんなことに気付きましたか？」って言うのが普通だと思うのですが、「どんな『気付き』がありましたか？」なんて言われると、ぞっとしちゃう。なんだか、大仰な「気付き」を述べなきゃいけないって気持ちになっちゃいます。</p>
<p>「ちょっと気分が楽になりました」なんてことは、あまりに小さいことで、「気付き」というものに当てはまらないんじゃないかなんて考えてしまうかもしれません。しかし、そういう小さな「気付き」も大事なんです。・・おっと、「気付き」って使ってしまった！</p>
<p>それから、「共感」っていうのもねぇ。普通は使わないですよね。共感とは、「他人の気持ちを自分のことのように感じること」と定義されます。そのへんの感覚は、日々の生活の中でも感じることなのですが、なんとなく「共感」って言われると、なんだか特別なことに感じられてしまいます。</p>
<p>「共感」はカウンセリングの専売特許じゃないわけで・・。</p>
<p>また、カウンセリングは「共感」だけでは成り立たない場合も少なくないんですよ。「直面化（コンフロンテーション）」と言って、これまで避けていた自分のテーマに直面するプロセスも重要なんです。そして、直面化の後にやっと共感が生まれるなんてこともいっぱいありますからね。</p>
<p>私がクライアントだとして、カウンセラーに怒りを感じていたとして、ありったけの罵詈雑言、例えば「あんたは、最低のカウンセラーだ！」をぶつけたとき、カウンセラーが「あなたの怒りももっともですね」なんて共感のふりをされたらたまらないです。共感（にせ共感）の乱発はやめてほしいと思うでしょう。</p>
<p>「傾聴」っていうのも、どうも好きになれない。</p>
<p>要は、「よく聴く」ってことでしょ？それを、「傾聴」なんて言っちゃうと、なんだか特別なカウンセリングテクニックみたいに聞こえてしまいます。普通のことなんですよ。相手の話をちゃんと聴こうと思ったら、みんな自然に「傾聴」になるんです。</p>
<p>「転移」、「逆転移」というのも、うさんくさい。</p>
<p>転移とは、クライアントがカウンセラーに感じる感情や思考などのあらゆる反応、逆転移とは、その逆でカウンセラーがクライアントに対して起こす反応のことを示します。ちなみに、転移、逆転移にはさまざまな定義があって、ここで示したのは、実存主義セラピーの大御所ヤーロムが主張している定義です。</p>
<p>この「転移」、「逆転移」はだいたい、「クライアントはカウンセラーに転移を起こしていますね」とか、「それは、カウンセラーの逆転移ですね」などと使われます。・・何を言っているのかわからない・・。そういうことを言う方は、たいていの場合、恋愛感情のことを指しているみたいですけど、そうだったら、そう言えばいい・・。</p>
<p>さらに言えば、病名も嫌いですね。「双極性障害ですね」とか、「ＤＩＤ（解離性同一性障害）の典型的な症状ですね」とか、「ＡＤＨＤですね」なんて、もし言われたら、なんとなく嫌だな。病名じゃないけど、「ＡＣですね」とか「共依存ですね」も嫌ですね。私は、どうもレッテルを貼られるのが嫌いなんです。</p>
<p>「そんなわけのわからないレッテルで、私のことなんかわかるもんか！」って気持ちになってしまいそうです。</p>
<p>うつだろうが、不安だろうが、その根底にある状況を表すことはできません。同じトラウマを受けたって、ある人はうつになるだろうし、ある人は不安になるということです。薬を選ぶ精神科医にとっては必要な区別かもしれませんが、カウンセラーにはあんまり必要ありません。</p>
<p>器質的な問題がかかわるもの、例えば「自閉症」とかは、うつや不安と同列にはできないので、ある程度仕方がないのですが、レッテルを貼るというのは、どうも好きになれないですねぇ。</p>
<p>もちろん、病名を聞いて安心する人もいますから、そういう人にはお伝えした方がいいですけどね。例えば、「なんだかわからないけどやる気がない」という人に「うつ」という病名を伝えた方が、本人が納得するし安心するみたいな場合ですね。</p>
<p>カウンセラーが一般向けのセミナーをやる時に、「癒し」だとか「気付き」だとか「共感」だとか「気付き」などの専門用語？は、必要最小限にした方がよいと思います。また、病名を説明する時、器質的な原因のもの以外は、「これは便宜上のもので、病名自体にはあまり意味がない」ということを伝える必要があるでしょうね。</p>
<p>ある日、事例研究会というものに参加したら、参加していたどこかの先生が発表者に対して、「その事例ではロールはやらなかったのですか？」と聞いていました。私は、「ロール」とは、「ロールプレイ」のことかと思ったのですが、それは、とんでもない間違いで、「ロール」とは、「ロールシャッハテスト（心理テストの一種）」のことなのだそうです。勝手に略さないでよ！！って言いたいです。</p>
<p>専門用語の羅列は、なんか、現実に起こっていることと遊離してしまっているような気がしますし、カウンセラー側からの「私、その筋の専門家です」というえらそーな感じを受ける人もいるかもしれません。だいたいわざわざそんな言葉を使わなくったって説明は可能ですし、そっちの方がわかりやすい。</p>
<p>私は、もっと普通の言葉でカウンセリングを伝えたいと思っています。</p>
<p>（第30回おわり）</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会　事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その２９　そんなことをしていいなんて誰が言った？！</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1561</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1561#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 01:48:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その２９】そんなことをしていいなんて誰が言った？！ 小学校４年か５年の時、私は、友人たちとよからぬことをして、先生に激しく怒られたことがあります（まあ、しょっちゅう怒られていたのですが・・）。確か、自作のロケットを屋上 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その２９】そんなことをしていいなんて誰が言った？！</span></strong><strong></strong></p>
<p>小学校４年か５年の時、私は、友人たちとよからぬことをして、先生に激しく怒られたことがあります（まあ、しょっちゅう怒られていたのですが・・）。確か、自作のロケットを屋上から飛ばしているのがばれた時だったと思います。ちなみに、自作ロケットの作り方は、キケンなので、ここではお伝えしません。</p>
<p>その時、先生が、「そんなことをしていいなんて、誰が言った！」とえらい剣幕で怒っておられました。私にとって先生に怒られるのは日常茶飯事だったので、なんということもなかったのですが、その時の記憶を鮮明に覚えているのには、理由があります。</p>
<p>私は、先生の「そんなことをしていいなんて、誰が言った！」という言葉にひっかかちゃったんです。先生は、顔を真っ赤にして怒っていたのですが、私の頭の中は、「？マーク」でいっぱいになりました。</p>
<p>「？マーク」の元凶は、「していいと言われたことしか、やっちゃいけないのか？」という疑問で、その疑問から、「だとしたら、『これから、勉強していいでしょうか？』といちいち聞いて許可を得なければならないのだろうか？」、「いやまてよ、『息をしてもいいですか？』とも聞かなければならないのか？これじゃぁ、死んでしまう・・」などなど、先生のお説教はそっちのけで、あれこれ考えていました。私にとっては、先生は、まるで昔のサイレント映画のように口をパクパクさせているように見えていました。</p>
<p>そのとき、「あっ！」とひらめいたんです。「『してよいこと』は、決めることができないんだ！」ということです。別な言い方をすると、「規則として決められるのは、『してはいけないこと』だけ」なのではないかということです。</p>
<p>だけど、例えば、野球で打者が打ってセーフになろうとするのであれば、１塁に向かうわけで、規則としては、「１塁に向かわなければならない」ということになります。</p>
<p>そうすると、「『してはいけない』だけではなく、『しなければならない』も規則になるのではないか？」ということが、私の中で新たに疑問として浮かびました。しかし、それも簡単に解決します。「打者は、打った後、セーフになろうと思ったら、１塁に向かわなければならない」は、「打者は、打った後、セーフになろうと思ったら、１塁以外に向かってはならない」と言い換えることができるわけで、結局、規則は、全て『してはいけないこと』に集約されます。</p>
<p>私は、この発見に夢中になりました。</p>
<p>まったく話を聞かずにそんなことばかり考えていた私に、先生は気付いたんでしょうね。先生は、言いました。</p>
<p>「向後、おまえ、聞いているのか？！」、「何を考えているんだ！」</p>
<p>それで、つい・・・、私の「大発見」をしゃべっちゃったんですね。結果は火を見るより明らかです。先生は激怒し、他の二人が許されたのに、私だけさらにお説教を食らうことになりました。</p>
<p>やれやれ。</p>
<p>まあ、先生には怒られちゃったけれど、その時の私の「大発見」は、正しいんじゃないかと思うんですね。</p>
<p>『していい』ことを決めていったら、窮屈でたまらない。</p>
<p>なんでこんな昔の小学校の４、５年のころのとほほな経験を思い出したのかと言うと、それには、きっかけがあるんです。</p>
<p>新人のカウンセラーは、ベテランカウンセラーから、スーパービジョンを受けるものなのですが、時に、「私が受けていたのとはえらく違うスーパービジョンを受けているなぁ」と思う例があるんですね。ある新人カウンセラーが、自分の思いつきでなんらかのアプローチをしたとき、スーパーバイザーから、「そんなことをして良いなんて言っていない」って言われたという話を聞きました。そして、その新人カウンセラーが試みたことは、私には別に悪い方法には思えませんでした。</p>
<p>逆に私は、そのスーパーバイザーが、なんで、「そんなことをして良いなんて言っていない」という言葉の矛盾に気付かないんだろうと疑問に思いました。そして、その言葉の背景には、「自分のやり方以外は許さない」という傲慢なコントロールの意思があるように思えます。</p>
<p>ちなみに、私はアメリカ時代合計８人のスーパーバイザーにつきましたが、こんな言い方をする人は、ひとりもいませんでした。</p>
<p>だいたい、スーパーバイザーが許可する方法だけ採用して良いなんてことになったら、新人カウンセラーは委縮してしまうでしょう。そうしたら、クライアントさんのケアよりもスーパーバイザーに怒られないことを優先してしまうかもしれないじゃないですか。</p>
<p>もちろん、師匠の型を真似ると言うのは、新人には必要な部分もあるかと思いますが、型にはめすぎて、新人の新鮮なアイデアをつぶしてしまったら、もったいない。</p>
<p>基本的に、「規則」というのは、少ない方がいいと思います。特に、人対人のかかわりのなかで動いていくカウンセリングみたいな分野にはね。なにしろ、クライアントさんひとりひとり違うのですから・・。</p>
<p>カウンセリングにおいては、「クライアントさんを傷つけない」という規則（厳密には倫理ですが）が、最優先されなければならないものであって、もし傷つけてしまった時などには、「カウンセラーは、クライアントさんに対して、屁理屈を言って自分をごまかしてはならない」というのが、大事な姿勢になります。</p>
<p>その原則さえきちんと守っていれば、クライアントさんのプロセスは自然に進んでいくのですから。</p>
<p>あまり「こうしなければならない」という教育をしていると、かえってクライアントさんのプロセスを邪魔しちゃうのではないかなと思います。</p>
<p>（第29回おわり）</p>
<p>向後善之</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その２８　山本迪夫さんのこと</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1541</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1541#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 14:17:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=1541</guid>
		<description><![CDATA[【その２８】山本迪夫さんのこと 最近、松田優作さんのＤＶＤが発売になったことを、ＴＶで知りました。探偵物語なんかもよく見てたし、遺作となったブラックレインはかっこよかったですね。 僕がはじめて（ＴＶで）松田優作を見たのは [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その２８】山本</span></strong><strong><span style="text-decoration: underline">迪夫</span></strong><strong><span style="text-decoration: underline">さんのこと</span></strong><strong></strong></p>
<p>最近、松田優作さんのＤＶＤが発売になったことを、ＴＶで知りました。探偵物語なんかもよく見てたし、遺作となったブラックレインはかっこよかったですね。</p>
<p>僕がはじめて（ＴＶで）松田優作を見たのは、「太陽に吠えろ」です。彼の殉職シーンとそのときのセリフ「なんじゃ、こりゃー？！」は、当時とても話題になりました。その松田優作さんの殉職シーンを撮ったのが、山本迪夫監督です。</p>
<p>山本さんとは、家が近くだったこともあり、我が家にも時々訪ねてこられ、僕が小さいころからいろいろとお世話になりました。いつもブルーのサングラスをかけていて、情熱的に映画やＴＶのことを話していたかと思うと、ちょっとした冗談を言って、はにかんだような笑みを浮かべる方でした。ＴＶで松田優作さんのＤＶＤを紹介している番組を見ていて、山本さんのことがなつかしく思い出されました。</p>
<p>山本さんは、2004年8月23日にがんで亡くなりました。</p>
<p>その数ヶ月前に、僕は、山本さんに偶然出会いました。その時、僕は実家を訪ねていたのですが、たまたま妻と散歩をしていて隣の駅まで歩いていた時、山本さんと奥様に偶然会ったのです。山本さんは、その時すでにがんが発見されていて、闘病生活を続けられていました。しかし、偶然僕らがお会いした時、とてもお元気そうだったのです。山本さんは僕らを発見すると、「やあ」と例のはにかみ笑いで手を振り、「ちょっとあがっていかないか」と言ってくれました。僕らは、一も二もなく、お宅におじゃまさせていただきました。</p>
<p>僕らは、リビングに案内されました。そして、リビングのテーブルには、大きな江戸の地図がありました。博学な山本さんは、「ここが薩摩藩邸で・・」などと、僕らに説明してくれました。外様の藩邸は、大きいけれど、江戸城から見ればちょっと外側にあるということを、その時初めて知りました。その詳細な地図は、山本さんの同級生が作ったものなのだそうです。山本さんは、「次は、時代物を撮りたいんだよ」と、その構想を僕らに語ってくれました。</p>
<p>僕らは、とても楽しいひと時を過ごしました。</p>
<p>それから、数カ月後、山本さんは、帰らぬ人となりました。</p>
<p>僕らがお会いした時、山本さんはとてもお元気そうにしていたのですが、実はがんが進行していたのだそうです。１ヵ月後山本さんは入院し、その後は、もはや緩和ケアしか選択がない状況でした。毎日痛み止め（それは、やがてモルヒネになったのだそうですが）の点滴を打つ毎日でした。</p>
<p>その日、山本さんは、とてもすっきりした顔をされていたそうです。そして、看護師に、「頭をクリアにしたいから、しばらく点滴を止めてくれないか」と言ったのだそうです。点滴を止めると、痛みがぶり返すのではないかと医師も看護師も心配したのですが、山本さんの決意は固く、結局、しばらくの間モルヒネの点滴を止めることになりました。</p>
<p>点滴を止めた後、山本さんは、傍らに置いてあった本、司馬遼太郎の「覇王の家」をとりだし、一心に読み始めたのだそうです。「覇王の家」は、徳川家康の物語です。山本さんの前には、あの江戸の地図はありませんでしたが、彼の頭の中には、あの江戸を作り日本の覇者となった徳川家康の姿がありありと浮かんでいたのではないかと思います。やがて、本を置き、少し間をおいて山本さんは、「もういいよ」と言いました。そして、モルヒネの点滴が再開され、山本さんは、そのまま息を引き取られました。</p>
<p>山本さんは、最後までご自分の次回作の構想を練っておられたのではないのでしょうか。</p>
<p>「もういいよ」と言った時、山本さんは「覇王の家」をモチーフとした作品を完成させたのでしょう。そして、満足して息を引き取られたのではないかと思います。「覇王の家」のラストシーンが、彼にははっきりと浮かんでいたのではないかと思います。</p>
<p>山本迪夫さんは、最後までかっこいい人でした。</p>
<p>（第28回おわり）</p>
<p>向後善之</p>
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		<title>おじんカウンセラーのとほほ通信　その２７　ﾌｨﾝﾗﾝﾄﾞで中等教育そしてﾊｰﾊﾞｰﾄﾞへ！</title>
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		<pubDate>Mon, 19 Oct 2009 09:46:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>kougo</dc:creator>
				<category><![CDATA[Web連載]]></category>
		<category><![CDATA[おじんカウンセラーのトホホ通信]]></category>

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		<description><![CDATA[【その２７】フィンランドで中等教育そしてハーバードへ！ とあるお店で、昼すぎにコーヒーを飲んでいた時のことですが、隣で、主婦の方がおふたりお話をされていたのを、それとはなしに聞くことがありました。 彼女たちは、子供の受験 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="text-decoration: underline">【その２７】フィンランドで中等教育そしてハーバードへ！</span></strong><strong> </strong></p>
<p>とあるお店で、昼すぎにコーヒーを飲んでいた時のことですが、隣で、主婦の方がおふたりお話をされていたのを、それとはなしに聞くことがありました。</p>
<p>彼女たちは、子供の受験の話をされています。カイセイだの、アザブだの、ワセダだの、ケイオーだのと、名門校の名前がポンポン出てきて、まあにぎやかです。話の中に７２とか７３とかの数字が、出てくるのですが、偏差値のことなんでしょうね。それにしても、よくご存じなので感心します。</p>
<p>まあ、こうした会話はよく耳にすることで、興味もないので、私は持ち歩いていた文庫本を読んでいたのですが、そのうち、「えっ？！」と思う言葉が（主婦のおふたりの方から）飛び込んできて、思わず、文庫本から目を離してしまいました。</p>
<p>私が驚いた言葉は、「中学浪人」という言葉です。</p>
<p>彼女たちの話によれば、最近よりよい高校に進学するために、浪人する子供がいるそうなのです。それを「中学浪人」と言うのだそうです。最初、小学校を卒業した子が志望校に入るために浪人するのかと思ったら、そうじゃなくて、中学を卒業した子が浪人することを「中学浪人」と言うのだそうです。</p>
<p>今、私立有名校が受験に有利ということもあるし、名門大学にエスカレーター式に進学できる学校は、相変わらず人気なのでしょうね。しかし、中学浪人とは・・。</p>
<p>彼女たちのお話に耳をそばだててみると、高校に進学しながら、よりレベルの高い学校を受けるために、一応受かった高校には進学手続きをするのですが、それは、みかけだけで、実は中学浪人している子供が増えているのだそうです。</p>
<p>「●▲さんの息子さんも＠＊高校に進学しながら勉強して、1年遅れでワセダに入りなおしたのよ」、「いいところ入るためなら、中学浪人もありよね」などなど、まあ、にぎやかです。あげくのはてには、「大学は、ワセダ、ケイオーぐらいには入ってほしいわよね」だそうです。とほほですね・・、まったく。</p>
<p>ワセダやケイオーに入るのはどれだけ大変なことなのかわかっているのでしょうか？そして、自分たちが受験で苦労したことをすっかり忘れちゃっているのでしょうか？簡単に、「・・ぐらい」って言っちゃうんですからね。彼女たちの子供たちがストレスでつぶれなきゃ良いのですが・・。</p>
<p>そもそも、大学を出てからの方が、人生長いのだし・・。</p>
<p>お受験は、それだけにとどまりません。次々に新手が現れます。<br />
去年の年末、朝日新聞だったと思いますが、最近、東大ではなく、ハーバードやエールなどの海外の大学をめざす日本人が増えてきたとのことで、そのための予備校もあるという記事を読みました。</p>
<p>その記事を読んで、そのうち、「西海岸なら、スタンフォードかＵＣ校、東海岸ならアイビーリーグかＭＩＴぐらい入れなきゃね」なんて会話が飛び交うんじゃないかと思っていたのですが、どうやら、冗談じゃなく、本当にそんな時代になりつつあるみたいです。</p>
<p>私は、最近「カウンセラーへの長い旅」という本を出したのですが、いざ出版すると、売れ行きが気になるもので、ちょこちょこアマゾンのランキングなんかをチェックしています。ランキングを見ていると、いろいろな発見があります。</p>
<p>私の本は、「海外教育・留学」や「留学ガイド」部門に分類されているのですが、その部門にリストされている本の中で、「5歳からはじめるハーバード留学準備」なんて題名を見つけたりして、いやはや驚いています。中身がどんな本なのかは知りませんが、5歳からそんなことを目標にするんですかねぇー。んーーー。上位ランクの中に、けっこう「ハーバード本」が多いですねー。</p>
<p>アメリカは大学名で学校を選ぶ人も、そりゃーいますけど、少数なんですがね。多くの学生は、「何を勉強したいから○◎大学」とか、「＠％＄先生の下で勉強したいから■◆大学」という選び方をするケースが多いと思います。「学部はどこでもいいから有名大学に」という強迫的な選び方は、アメリカにいたとき、私の周りでは聞いたことがありませんでした。</p>
<p>「ハーバード本」以外で目につくのが、フィンランド教育関係の一連の本です。どうやら、フィンランドは教育レベルが高く、15歳の学力が世界一なのだそうです。</p>
<p>なんでも、2006年の学習到達度の調査結果では、フィンランドは、57か国中、科学的リテラシーが1位で、読解力と数学的リテラシーが共に2位です。ちなみに日本は、科学的リテラシーが5位で、読解力が15位、数学的リテラシー10位です。</p>
<p>そのためか、フィンランド教育関係の本が、アマゾンの「海外教育・留学」部門でのきなみ上位に君臨しているんです。謙虚に「海外に学べ！」というのは、明治以降日本の得意分野ですし、それはそれで、有意義だとは思います。多くの本は、教育関係者が参考にするための目的で書かれたものなのでしょう。しかし、中には、子供の留学体験の本もちらほらありました。</p>
<p>ひょっとして、そのうちフィンランドの小中学校に、日本人の子供が大挙しておしかけるなんてムーブメントが起きるのではないかなんて思ってしまいます。</p>
<p>「フィンランドで中等教育を受け、めざすは、ハーバード！」なんてキャッチコピーができるのかも？？</p>
<p>日本のお受験もグローバル化？？？</p>
<p>いいのかな？これで・・。</p>
<p>（第27回おわり）</p>
<p>向後善之</p>
<p>日本トランスパーソナル学会事務局長</p>
<p>ハートコンシェルジュ　カウンセラー</p>
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