<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>日本トランスパーソナル学会 &#187; わたしの本棚</title>
	<atom:link href="http://transpersonal.jp/archives/category/web_rensai/my_bookshelf/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://transpersonal.jp</link>
	<description>Japan Transpersonal association</description>
	<lastBuildDate>Fri, 03 Feb 2012 07:06:12 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.3.1</generator>
		<item>
		<title>トランスパーソナル関係書籍バックナンバー（１１月）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1628</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1628#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 12 Dec 2009 04:57:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=1628</guid>
		<description><![CDATA[TOPページで掲載した書籍のバックナンバーです。 クリックするとAmazon.co.jpの商品詳細画面に移ります。 向後 善之『カウンセラーへの長い旅―四十歳からのアメリカ留学』 諸富 祥彦 『生きづらい時代の幸福論 ― [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>TOPページで掲載した書籍のバックナンバーです。<br />
クリックするとAmazon.co.jpの商品詳細画面に移ります。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434133136/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51QKTIVgJ8L._SL160_.jpg" alt="カウンセラーへの長い旅―四十歳からのアメリカ留学" style="border: none;" /></a><br />
向後 善之『カウンセラーへの長い旅―四十歳からのアメリカ留学』</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047101982/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/41UXi1sn5jL._SL160_.jpg" alt="4047101982" border="0" /></a><br />
諸富 祥彦 『生きづらい時代の幸福論 ――9人の偉大な心理学者の教え』</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434131591/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/4125lroU2GL._SL160_.jpg" alt="4434131591" border="0" /></a><br />
諸富 祥彦『自己成長の心理学―人間性/トランスパーソナル心理学入門』</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569705596/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41QTFHZYe3L._SL160_.jpg" alt="4569705596" border="0" /></a><br />
レイフ・エスキス著, 菅靖彦 翻訳　『教師としていちばん大切なこと』</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434137883/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://transpersonal.jp/wp-content/uploads/daichi.jpg" alt="大地の心理学―心ある道を生きるアウェアネス ドン・ファン、ファインマン、老子の教えに学ぶ" style="border: none;" /></a><br />
アーノルド ミンデル 著、青木 聡 ・ 富士見 幸雄　翻訳『大地の心理学―心ある道を生きるアウェアネス ドン・ファン、ファインマン、老子の教えに学ぶ』</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434128876/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/41%2BPEbwq-iL._SL160_.jpg" alt="4434128876" border="0" /></a><br />
ジェイムズ ホリス 著、 神谷 正光 ・青木 聡 翻訳 『「影」の心理学―なぜ善人が悪事を為すのか』</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/1628/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしを変えた３本（鈴木規夫）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1242</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1242#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Jul 2009 12:23:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=1242</guid>
		<description><![CDATA[過去数年のあいだに出逢った映画作品のなかでも、とりわけ衝撃を受けた3本の作品を御紹介したいと思います。作品の鑑賞後に感想をまとめていましたので、それらをここで御紹介させていただきます。 “Ghost in the She [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>過去数年のあいだに出逢った映画作品のなかでも、とりわけ衝撃を受けた3本の作品を御紹介したいと思います。作品の鑑賞後に感想をまとめていましたので、それらをここで御紹介させていただきます。 </p>
<p><strong>“Ghost in the Shell: Stand Alone Complex” </strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0026Q8EKE/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51786OvX-eL._SL160_.jpg" alt="B0026Q8EKE" border="0" /></a></div>
<p>最近、こころから満喫することのできた映画がある。 </p>
<p>「攻殻機動隊」というアニメーション作品である。 </p>
<p>といっても、押井 守の監督した劇場用作品ではない。 </p>
<p>神山 健治の監督したTV用の作品である。 </p>
<p>“Ghost in the Shell: Stand Alone Complex”という題名で製作されたもので、2期にわたって放映されたものである。 </p>
<p>第1期と第2期を合わせると、合計20時間以上にもなるが、全く退屈することなく、存分に満喫することができた。 </p>
<p>押井氏の監督した劇場用作品が、実質的には、知的自慰でしかなかったのにたいして、神山氏の監督したTV用作品は、娯楽作品としての責務を果敢に受け留めることをとおして、最終的には、自己をそれ以上のものに昇華することに成功した稀有な作品として完成されている。 </p>
<p>＊ </p>
<p>過去10年程のあいだ、日本映画の復興ということが声高に喧伝される時代がづいた。 </p>
<p>しかし、個人的には、そうしたなかで脚光と賞賛を浴びる監督たちの作品を鑑賞するたびに、実際には、状況は正反対なのではないだろうかという観想をいだいてきた。 </p>
<p>確かにありきたりの娯楽を提供するという「商業映画」としての責任を確実に果たす作品は存在するのだが、しかし、それをこえた「志」の息づきを実感させてくれる作品というのがまるでないのである。 </p>
<p>同時代の現実と対峙することを拒絶して、恣意的につくりあげた箱庭的な空間のなかでの人間の凡庸な生態をえがくだけの自閉化した作品がいかに多いことか。 </p>
<p>果たして膨大な資源を投資して製作するに値するものなのかと思わせるような凡庸な作品の奔流を観察していると、日本映画は実際には急速に地盤沈下しているのではないかという印象をいだかざるをえないのである。 </p>
<p>確か、ある有名な映画監督は、雑誌の特集記事のなかで、今日においては、もはや「敵」としてたちむかうべき対象は存在しないのだというようなことを発言していた。 </p>
<p>しかし、それができないのは、己の感性が鈍感であるからではないのか?――思わず、そんな反論をしたくなるほどに、こんな無恥な発言をしてしまう監督の矮小さに愕然としてしまう。 </p>
<p>新世代の監督らしく、このひとは、いちおう苦悩の仕種をすることはだけはうまいのだが、実際には、今日のPostmodern的な思想的雰囲気のなかに安逸することのできる凡庸な監督にすぎないのであろう。 </p>
<p>しかし、自己の対峙するべき課題や問題を見いだすことができないというこうした慢性的な精神の弛緩と麻痺というのは、このひとだけでなく、今日の「復興」を支えている監督たちの大多数を特徴づけているものなのではないだろうか……。 </p>
<p>こうした感慨をいだいていただけに、“Ghost in the Shell: Stand Alone Complex”という作品は非常に意外であった。 </p>
<p>作品の脚本は、神山氏の統括のもと、数人の脚本家の共同作業をとおして練り上げられたものだそうだが、SFという媒体を十全に活用しながら、同時代の課題や問題をひるむことなく採りあげようとするこころいきが感じられるのである。 </p>
<p>今日において、悪の存在は、極限まで肥大化して、ひとびとの集合意識を茫漠とした無力感の支配のもと腐敗させている。 </p>
<p>そうした腐臭を漂わせるまでに悪化した同時代の頽廃を直視することの決意――“Ghost in the Shell: Stand Alone Complex”という作品には、そんなこころざしが脈々と息づいている。 </p>
<p>そうしたこころざしを見事な娯楽作品に結晶化させたことの価値は多大なものがあると思う。 </p>
<p>これほどまでに胸の高鳴る作品と出逢えたことに感謝したい。 </p>
<p>＊ </p>
<p>現代は真の意味の能力が要求される時代なのだと痛感する。 </p>
<p>これまでは、苦悩をするフリをすることで自己の誠実さの証とすることが許容される（とりわけ「知識人」にとり）幸福な時代がつづいてきた。 </p>
<p>しかし、今、われわれの目前で無数の危機が顕在化するなかで、こうした態度が意味をなす時代は確実に終焉しようとしている。 </p>
<p>Alfred North Whiteheadの研究の世界的権威であるDavid Ray Griffinは、“Postmodern”といわれるものが、結局のところ、ひとつの思想的雰囲気でしかなかったと指摘している。 </p>
<p>自己の拠り所とするべきものが次々と脱構築されていくなかで、自己の機軸とするべきものを見出すことができず、それゆえにその空間のなかで苦悩することを自己の存在の機軸としようとする態度――そうした姑息な態度が誠実さの証であるとのたまうことのできた暢気な時代は確実に終焉しようとしている。 </p>
<p>それは歓迎するべき時代の変化であるといえるだろう。 </p>
<p>しかし、そうした時代の潮流に適応することができるためには、苦悩という閉塞した怠惰の循環を断絶して、自己の全存在を賭して価値を体現する実存的決意が必要となる。 </p>
<p>これは、自己の人間としての深層的能力を鍛錬することなしには、為しえない行為である。現代に於いて必要とされる能力とは、こうしたものなのだろう。 </p>
<p><strong>The Dark Knight </strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001AQYQ1M/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51Ee-EBYKHL._SL160_.jpg" alt="B001AQYQ1M" border="0" /></a></div>
<p>数年にいちど、藝術作品を鑑賞しながら、その藝術媒体がこの世界に存在する存在意義を実感することがある。   </p>
<p>そもそも世界に音楽というものが存在する本質的な意味を実感させてくれる演奏――そんな特別な演奏というものが実際に存在することをわれわれは体験的に知っている。   </p>
<p>そこに息づいているものが演奏者の個性であることは間違いないのだが、そうした瞬間において、実際にわれわれ聴衆が感応しているのは、そうした個性を通してあらわにされるその藝術媒体そのものの本質的な意味と価値である。   </p>
<p>クラシック音楽の関連雑誌にはしばしば過去の伝説的な演奏会について特集が組まれるが、それはそこに集うた聴衆がそうした超越的な体験を共有したことの証左なのであろう。   </p>
<p>そうした体験はわれわれを根源的に活性化させる。そして、こころの糧として時間を越えてわれわれを支えつづけてくれる。   </p>
<p>個人的には、人間が藝術に求めるのは、そんな感動なのではないかと思う。   </p>
<p>＊   </p>
<p>クリストファー・ノーラン（Christopher Nolan）監督の「ダークナイト」（“The Dark Knight”）という作品はそんな魅力をそなえた作品である。   </p>
<p>前作の「バットマン・ビギンズ」（“Batman Begins”）も非常に見事な作品であるが、この続編はそれをあらゆる意味において凌駕する。   </p>
<p>驚くべき作品である。   </p>
<p>このシリーズを貫く主題は「人間の本質的な性質としての善と悪の葛藤」ということができるだろう。   </p>
<p>前作は、汚濁と腐敗の蔓延する世界を「破壊という浄化」をとおして救済しようとする狂的な救済思想にたいして主人公ブルース・ウエイン（Bruce Wayne）が拒絶をつきつける「選択の物語」であった。   </p>
<p>そして、また、それは、師匠をのりこえる物語であると同時に世界を受容する決意をする主人公の慈愛（Agape）の物語であった。   </p>
<p>この主題は非常に今日的な主題である。   </p>
<p>狂信的な新興宗教の行動に典型的に観られるように、この世界を救済するためには、一旦、徹底的な破壊を通して浄化しなければいけない（“destroying the world to save it”）という救済思想は非常に根強く人々のこころをとらえている。   </p>
<p>しかし、自己の信奉する特定の楽園像のもとに世界を浄化しようとするとき、人間は不可避的に救済の美名のもとに破壊と殺戮に荷担する悪魔的存在になる。   </p>
<p>そのことは、歴史的に無数の革命思想や宗教思想のもたらした凄惨な悲劇が証明しているところである。   </p>
<p>そうした浄化思想の誘惑と対峙して、最終的に世界を抱擁し、また、世界と対決することを決意する主人公の魂の旅――それが“Batman Begins”という作品である。   </p>
<p>“The Dark Knight”は、そうした選択をした主人公が直面するあまりにも過酷な試練の物語である。   </p>
<p>敵役として登場するJokerは、主人公にたいして残酷な問いを衝きつける。   </p>
<p>――慈愛のもとに抱擁した世界が本質的に汚濁と腐敗に特徴づけられるものであるとしても、尚、人間と世界にたいする信頼を維持することができるのか? 愛する者を奪われ、希望の糧を奪われ、そして、迫害されても、尚、そんな無慈悲な世界を抱擁しつづけることができるのか?――  </p>
<p>それは、そんな問いである。   </p>
<p>善と悪とは人間存在の生地そのものであり、人間は常にそのせめぎあいのただなかに生きざるをえない。また、人間の構造的な無知と蒙昧は、そうした人間の危うさをますます増幅させることになる。   </p>
<p>Jokerは、主人公にたいして、人間の悪の可能性（corruptibility）を徹底的に衝きつけようとする。   </p>
<p>最終的には、主人公は、愛をなすということが、自己を敢えて傷つけ、そして、汚すことであるという悲劇をひきうける決断を迫られることになる。   </p>
<p>それは、主人公が自己の「善」にたいする執着を断ちきり、「悪」をひきうけること――即ち、この世界における救済を断念するという絶望の決断をすることにほかならない。   </p>
<p>“The Dark Knight”という作品の魅力と凄みとは、こうした人間の実存的な問題と正面からとりくむその誠実さと胆力にあるのだと思う。   </p>
<p>＊   </p>
<p>今日、国内において、われわれが直面する最も深刻な問題のひとつは、こうした普遍的・実存的な課題と対峙・格闘する活力を集合規模で喪失していることである。   </p>
<p>今日、人々があまりにも純朴に癒しという救済を求めてやまないことは――そして、そうした飢餓感に呼応するかのように、感覚的な治癒と救済を約束する魑魅魍魎が跋扈していることは――実は空恐ろしいことなのである。   </p>
<p>そうしたありかたは、人間存在というものが構造的に悪の可能性を内蔵した存在であることを拒絶しようとする逃避的な精神を露呈するものであるが（c.f., Ernest Becker）、それは必然的に人間の暗闇にたいする基本的な洞察を欠如させた愚鈍な感性を蔓延させることになる。   </p>
<p>そして、それは、例えばカール・ユング（Carl G. Jung）の喝破するように、無意識という無知・無恥を氾濫させることをとおして、悪を増幅することになるのである。   </p>
<p>今日、われわれは、自己を傷つけ、そして、汚すことにたいしてあまりにも潔癖であることを称揚する、幼稚な正義感の蔓延する空間に生活していることを認識する必要があるのだろう。   </p>
<p>そこでは、肥大した自意識の虜になった個人が舞台のうえで脚光を浴びることに汲々としている。   </p>
<p>舞台のうえに居続けるためには、清廉潔白であらねばならない。もちろん、失言などは絶対にしてはならない（このところ、政治家の「失言」を巡る大衆の対応は異常に過敏なものであるが、そこにあるのは、こうした実存的な脆弱化がもたらした抑圧と投影なのであろう）。   </p>
<p>そこにあるのは自己の暗闇に恐怖して、自己を浄化するための「探求」や「治癒」に脅迫的にとりくむ慢性的な不安なのではないだろうか。   </p>
<p>思想家のケン・ウィルバー（Ken Wilber）は、真の救済というものがあるとすれば、それは暗闇と深淵のなかに見出されるものであると指摘する。   </p>
<p>しかし、今日、われわれが懸命にとりくんでいる「救済」のこころみは、それが暗闇と深淵を拒絶するものであるがゆえに、益々われわれの苦悩を悪化させ、そして、われわれの活力を減退させている。   </p>
<p>暗闇を駆逐しようとするそうした心性こそが自己の存在をますます浸食しているのだということを今われわれは認識しなおすべき必要があるのではないだろうか。 </p>
<p><strong>「八甲田山」 </strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000219OY0/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/519P6D1J1WL._SL160_.jpg" alt="B000219OY0" border="0" /></a></div>
<p>1977年に劇場公開されたこの作品は、戦後の日本映画の黄金期を支えた傑出した映画人が集結して完成させた最後の作品のひとつということができるだろう。   </p>
<p>周知のように、この後、日本映画界は急速に矮小化して、「零細産業」へと没落していくことになる。   </p>
<p>今日の多数の映画人を特徴づける、卑小な「個」の世界に埋没した視野狭窄は、こうした作品を創造した世代が引退していくなかで、支配的なものとなり、今日まで映画芸術を呪縛することになる。    </p>
<p>黒澤 明を起点として、この作品に参加した世代（橋本 忍・野村 芳太郎・森谷 司郎等）に継承されてきたのは、端的にいえば、「天」の視点から人間をとらえることのできる垂直的な感性である。   </p>
<p>換言すれば、それは、「悲劇の感性」ということができるかもしれない。   </p>
<p>真の意味で人間が自己の器と対峙するのは、悲劇のただなかにおいてであることは、時代をこえて、変わらない。   </p>
<p>しかし、そのことを忘れるとき、われわれは不可避的に「人間の視点」に埋没して、運命を生きる根源的な活力を剥奪されていくことになる。   </p>
<p>この奇跡のような作品を鑑賞しながら、こうした偉大な作品を創造する感性が僅か数十年前にはまだこの国に息づいていたことを知り、いたく感銘した。   </p>
<p>そして、打ちのめされた……。   </p>
<p>芸術という営みは人間の集合的な生命力を最も端的に象徴するものであると思う。   </p>
<p>今、何処を見廻しても、この作品を創造した激しく逞しい生命力や創造性は見あたらない。   </p>
<p>そのことは議論の余地のないほどに明白である。   </p>
<p>時間の流れは人間の盛衰の模様を無慈悲なまでに明瞭に露呈させる。   </p>
<p>僅か30年前の作品であるのに、そこに刻印されている人間の質はあまりにも異質なものである。   </p>
<p>それは、あらゆる意味において、高く、深く、大きい。   </p>
<p>実際、この作品に息衝く生命の奔流は、今日のわれわれにとり、あまりにも異質なものである。   </p>
<p>それは異国のものとさえ思えるほどである。   </p>
<p>そのことは、この数十年のあいだに、われわれが集合規模で喪失したものが実に大きなものであることをいやがうえにも実感させる。   </p>
<p>そのことに打ちのめされたのである。   </p>
<p>その意味では、今日、日本においては、「何か」が終焉しようとしているのではなく、「何か」が既に終焉したのである。   </p>
<p>今、われわれにできるのは、そうした荒涼とした荒地にあらためて垂直性という生命の息衝きを育むことなのであろう。   </p>
<p>しかし、その荒廃が徹底的なものであるとき、生態系はその持続可能性そのものを剥奪されてしまうことになる。   </p>
<p>果たして、日本文明という、この疲弊した生態系には恢復の可能性はあるのだろうか……?  </p>
<p>＊   </p>
<p>この作品を鑑賞したあと、世の男性諸氏は、所謂「リーダーシップ論」や「組織論」を打ちたくなるのだそうだ。   </p>
<p>しかし、個人的には、むしろ、いまだわれわれ日本人を呪縛する心性についてあらためて考えさせられた。   </p>
<p>具体的には、それは「徳」といわれるものの内実についてである。   </p>
<p>物語には、八甲田山の踏破をこころみる2つの部隊を統括する二人の主人公が登場する（高倉 健と北大路 欣也が見事な演技を披露している）。   </p>
<p>共に人徳にあふれた卓越したリーダーとして描かれているが、また、同じ「徳」といわれるものであっても、二人のあいだには決定的な違いがあることに気づかされる。   </p>
<p>普通、日本的な感覚では、「徳のある」人物というのは、関係者の多様な意見を尊重して、それらを統りまとめて組織を統括していく鷹揚さをもつ人物であるといわれる。   </p>
<p>正にそうした徳を体現するのが、北大路演じる神田大尉である。   </p>
<p>そして、皮肉なことに、その人徳が彼の部隊に壊滅的な悲劇をもたらすことになるのである。   </p>
<p>他方、高倉演じる徳島大尉は、それとは――微妙な違いではあるが――対極的な種類の徳を体現する人物として描かれる。   </p>
<p>徳島大尉は、この踏破計画が死と隣合わせのものであることを認識して、その認識と覚悟を共有することができるよう、徹底的に部下を律するのである。   </p>
<p>斥候中、部隊が山里を訪れるときにおいても、徳島大尉は、そうした生存を保障する規律感覚を維持するために、軍隊としての「型」を遵守することに固執する。   </p>
<p>そこには、神田大尉の鷹揚さの対極に位置する、積極的な頑固さといえるものがあるわけだが、しかし、視聴者は、それこそが最終的に部隊の生存の可能性を保障する必須条件であることを感得して、それが紛れもない慈愛と叡智に支えられたものであることを認識する。   </p>
<p>それは、明確な判断の基準や境界を設定することをとおして、関係者の行動を統括する厳格なリーダーシップであり、日本的な感覚では、むしろ、「人徳」の正反対にあるものと見做されがちなものである。   </p>
<p>しかし、それは、死（破局・破滅）の可能性をすぐそこに感受するという統括者としての資質と責任に裏付けられた、真の意味での責任感覚のあらわれである。   </p>
<p>作品はそのことを非常に明確に浮かびあがらせている。   </p>
<p>＊   </p>
<p>死という最悪の可能性を想起して、自己の行動を律していくという、認識と秩序に関る課題は、われわれ日本人にとり、今尚、巨大な「壁」として存在していることを痛感する。   </p>
<p>日本人の鷹揚さというのは、しばしば、こころのひろさとして誤解されがちである。   </p>
<p>また、時には、それが、あらゆる視点や立場の本質的な正当性を認識・尊重する統合的な認識能力のあらわれであると短絡的に解釈されがちである（何とオメデタイことであろうか!!）。   </p>
<p>しかし、実際には、それは、むしろ、死という実存的な現実と慢性的に乖離するときに醸成される精神的な去勢と虚勢でしかない。   </p>
<p>換言すれば、共同体内に波風をたてることなく、全ての利害関係者の気持ちを荒立てないようにしようとする臆病と狡知のあらわれということができるだろう。   </p>
<p>例えば、思想家ケン・ウィルバー（Ken Wilber・KW）が「ビジョン・ロジック」が（Vision Logic）という概念で主張する統合的な認知形態は、そうした心性とは相容れないものである。   </p>
<p>むしろ、それは明確に「真」・「善」・「美」という価値にたいするコミットメントに支えられた活動であり、そこには垂直性の実現に自己の存在を奉じる強靭さと頑迷さがある。   </p>
<p>それは罷り間違っても「誰もが正しい」などと自己陶酔することではないのである。[<a title="1" name="fn1" href="#f1">*1</a>]  </p>
<p>実際、こうした鷹揚さは、「清濁併呑む」等の御都合主義的なことばのもと正当化され、実質的に共同体の集合的な秩序を溶解する破壊的存在の温存に――少なくとも消極的に――寄与することになっている。   </p>
<p>少数の勇敢なジャーナリストが指摘するように、この国の統治機構が自己の利権を温存することに汲々とする官僚組織・宗教団体・暴力団等の「特殊利益団体」の影響下にあることは周知の事実である。   </p>
<p>そうした同時代の危機と本質を認識する最低限の感性があれば、そうした美辞麗句と自己陶酔に逃避することなどできるはずはないのである。   </p>
<p>問題は、そうした同時代の腐敗にたいして敏感であるべきひとびとが――彼等の多くは自己を垂直性の擁護者であると自任している――その責任を放棄しているということである。   </p>
<p>彼等は「鷹揚さ」という「人徳」に隠れて、保身に淫するが、それは垂直性にたいする責任を放棄したときに成立する自己と他者と世界にたいする背任でしかない。   </p>
<p>今、必要とされるのは、成熟の条件として、われわれが自己と他者に求める徳の質を改めることなのではないだろうか。   </p>
<p>そんなことをこの「八甲田山」という傑作を鑑賞しながら思った。     </p>
<p>＝＝＝＝＝＝<br />
[<a name="f1" href="#fn1">*1</a>] KWの“Boomeritis”にたいする批判的な考察を冷静に検討すれば、こんな誤解は生じようもないのだが、現実には、インテグラル思想、あるいは、トランスパーソナル思想の研究や実践に専門的にとりくんでいる多数の関係者がこうした致命的な間違いを冒している。そうした国内の状況を俯瞰すると、ウィルバーのインテグラル思想をはじめとして、「統合的」であることを標榜する思想について勉強をしようとするとき、そうした思想の研究者・紹介者が、しばしば、それを自己の心性の正当化のための道具として横領している可能性にたいして警戒する必要があると警告せざるをえないのである（例えば、これは、林 道義博士が洞察するように、ユング思想が国内に輸入されるときに生まれた誤解や曲解と同種のものである）。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/1242/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしを変えた３冊（辰巳裕介）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/1116</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/1116#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 14 Jun 2009 15:00:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=1116</guid>
		<description><![CDATA[リチャード・バック　『イリュージョン』 　高校生のとき、スピリチュアルな世界が好きな数学の先生がいた。毎回の授業でさまざまな「怪しいこと」を教える、「見えない世界」へいざなってくれる人だった。今になってから振り返ると、そ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>リチャード・バック　『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087600688/transpersonal-22/" target="_blank">イリュージョン</a>』</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087600688/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/31JVWYA4XFL._SL160_.jpg" alt="4087600688" border="0" /></a></div>
<p>　高校生のとき、スピリチュアルな世界が好きな数学の先生がいた。毎回の授業でさまざまな「怪しいこと」を教える、「見えない世界」へいざなってくれる人だった。今になってから振り返ると、その先生はある意味「ヒッピー」みたいな人で、カウンターカルチャーを真正面から突き進む人だったのかな、と思う。</p>
<p>そんな先生が「夏休みの課題」として取り上げたのが、リチャード・バック「イリュージョン」（集英社文庫）。誤解を恐れずにざっくりとストーリーを説明すると、「神」から送られてくる「使命」をあなたはどう受けるか？という内容。具体的には、すべての物事から手を離し、流れのままに生きる救世主と、その救世主に救われたいという民衆が登場し、その民衆に飽き飽きした救世主が救世主を辞めようとする。</p>
<p>高校生のとき、どうして世の中はこんなに生きにくいんだろう？と感じていた自分を救ってくれた本でもあります。なるほど、自分がそう思えば世界もそう見えるし、すべてを手放せばすべてが手に入るのか、と。</p>
<p>旧版（村上龍訳）と新版（佐宗鈴夫訳）がありますが、村上龍のほうがお勧めです。ただし、旧版は、「あとがき」にも書いていますが、原著とはかけ離れた訳がされている点に注意。</p>
<p><strong>諸富祥彦　『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4795223637/transpersonal-22/" target="_blank">フランクル心理学入門</a>』</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4795223637/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/41MzAfMPLZL._SL160_.jpg" alt="4795223637" border="0" /></a></div>
<p>高校生のときの「見えない世界」を知った衝撃から、大学時代は悶々と悩み続けました。ものの見方を変えれば世界は変わる。けれど、生きている意味はそこにあるのか？というものでした。自分はキリスト教徒ではないから「コーリング」という感覚は理解できない。「お天道様」に見られている感覚もあるから、無宗教とも言い切れない。</p>
<p>そんなときに出会ったのがこの本。<br />
「人生には意味がある」と力強く語られるフランクルを追いかけた１冊です。フランクルのこの言葉は、よく彼の究極的な体験（アウシュビッツでの収容体験）があるからと思われるのですが、実はそうではない。彼が幼いころから感じていたことで、収容される前に論文として発表しようとしていた。でも収容されてしまい、「なにくそ」と鉛筆も持ち込めないバラックの中で道具をそろえ、必死に思い出して論文を「再生」したそうです。</p>
<p>そういう「使命感」のようなものが、もしかしたら自分には足らないのではないか？と21歳のときに感じ、いっそならこの研究をもっと突き詰めたいと、私は著者が当時教鞭を振るっていた千葉大学を訪ねました。それが、実はこの学会に入会するきっかけともなりました。</p>
<p><strong>西光義敞「浄土真宗とトランスパーソナル心理療法」</strong><br />
（諸富祥彦編『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4535561397/transpersonal-22/" target="_blank">トランスパーソナル心理療法入門</a>』所収）</p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4535561397/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41TYWH7ZZDL._SL160_.jpg" alt="4535561397" border="0" /></a></div>
<p>トランスパーソナルのことを学び始めると、どうしても宗教の側面が色濃く出てきてしまうときがある。外国人とスピリチュアルな話をするときでさえ、「お前は何を信じているんだ？」と必ず聞かれる。けれど、なかなか「仏教徒です」とはいえない自分がいた。</p>
<p>大学はたまたま浄土真宗系の龍谷大学だったため、仏教学は必修だった。一生懸命がんばってみたけど、やっぱりよくわからない。よくわからないままに、たまたま開講されていた「仏教心理学」という授業に出たら、西光義敞先生と出会う。</p>
<p>西光先生は仏教はカウンセリングと似ていると説き、「真宗カウンセリング」を立ち上げその会長を長く務められた。トランスパーソナル学会の大会でも精力的に講演していたせいか、その授業でも遠くから聴講される方が毎回いた。でも、意外なことに履修していた大学生は私を入れて５人程度で、聴講者をいれても10人はこえない。つまり、密度の濃い授業だった。</p>
<p>とはいえ、先生が熱く語って教えてくれるのだけれど、私にはさっぱりわからないことがけっこうあった。当時、西光先生はもう引退されて70歳前半。病気をされて、ひょろひょろだったけれど、僕が疑問だった点は次の授業ではきちんとフォローアップしてくれたし、参考文献もたくさん教えてもらったり、もらったりして、たくさんのことを学ばせてもらった。</p>
<p>その中で一番感銘を受けたのが、草稿段階だけど、ということで見せてくれた「トランスパーソナル心理療法入門」所収の仏教心理学に関する小論。なぜその宗教を信じているのか？という西光先生の根幹に関わる話がそこに書かれていて、当時の、そして今の僕をも励ましてくれる言葉が、そこに詰まっています。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/1116/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしをかえた3冊（中野民夫）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/990</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/990#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 May 2009 15:00:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=990</guid>
		<description><![CDATA[『気流の鳴る音』（真木悠介著、筑摩書店、1977年） 　大学に入学したものの、「これは違う、もっと別の旅が必要だ」と感じていた頃、この本と著者の見田宗介先生に出会い、休学して途上国への旅へと突き動かされた。アメリカの人類 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480087494/transpersonal-22/" target="_blank">気流の鳴る音</a>』（真木悠介著、筑摩書店、1977年）</p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480087494/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51726AJYNVL._SL160_.jpg" alt="4480087494" border="0" /></a></div>
<p>　大学に入学したものの、「これは違う、もっと別の旅が必要だ」と感じていた頃、この本と著者の見田宗介先生に出会い、休学して途上国への旅へと突き動かされた。アメリカの人類学者カスタネダがメキシコのヤキインディオのドンファンの不思議な世界に弟子入りして残した著作などを元に、人間を深いところから解き放つ道を探る刺激的な本だ。「根を持つことと翼を持つことをひとつのものとする道はある。それは全世界をふるさととすることだ」など魅力的な言説に富み、今も触発され続けている。<br clear="all"></p>
<p>『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393332164/transpersonal-22/" target="_blank">微笑みを生きる</a>』（ティク・ナット・ハン著、池田久代訳、春秋社、1995年）</p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393332164/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31P659JFCYL._SL160_.jpg" alt="4393332164" border="0" /></a></div>
<p>　７年勤めた会社を休職してバークレイに移り住んですぐ、ある書店で「もしあなたが詩人なら、この一枚の紙の中に、雲が浮かんでいるのを見るでしょう」と始まるティク・ナット・ハンの般若心経の解説本に出会った。「なぜなら、雲がなければ雨はなく、雨がなければ木は育たず、木がなければ紙はできないからです」と続き、相互に依存し合った縁起の世界をとてもわかりやすく素敵に語る。本書は欧米で活躍するそのティク・ナット・ハンの多くの著作から、珠玉の部分を集めたエッセンス集だ。<br clear="all"></p>
<p>『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4881356070/transpersonal-22/" target="_blank">一万年の旅路</a>』（ポーラ・アンダーウッド著、星川淳訳、翔泳社、1998年）</p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4881356070/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/5115J7RFAEL._SL160_.jpg" alt="4881356070" border="0" /></a></div>
<p>　屋久島在住の作家・翻訳家の星川淳さん（現グリーンピース・ジャパン事務局長）が、ユーラシア大陸から移動したと言われるネイティブ・アメリカンの物語りを調査している時に見つけた「歩く一族」の壮大な物語。新天地を求め、歩き続け学び続けながらベーリング海を越え五大湖周辺に落ち着くまでの壮大な旅路を、歴史伝承者のポーラが初めて英語で記述した。私たち一人ひとりが今ここに存在するのは、遠い祖先から一度も切れたことのないいのちの流れがあるのだという奇跡への感謝が沸き起こる。<br clear="all"></p>
<p>中野民夫（ワークショップ企画プロデューサー＆会社員）</p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000246488/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41ciWk-o61L._SL160_.jpg" alt="4000246488" border="0" /></a>　<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532490561/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/41wd8vD5hIL._SL160_.jpg" alt="4532490561" border="0" /></a></div>
<p>＊４月末に、『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000246488/transpersonal-22/" target="_blank">ファシリテーション−−実践から学ぶスキルとこころ</a>』（共著、岩波書店）、５月中旬に『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532490561/transpersonal-22/" target="_blank">対話する力−−ファシリテーター２３の問い</a>』（共著、日経出版社）が出ています。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/990/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしをかえた3冊（久保 隆司）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/921</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/921#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 29 Apr 2009 15:00:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=921</guid>
		<description><![CDATA[コリン・ウィルソン　『アウトサイダー』 中学時代に出会った本ですが、思春期のせいか当時は非常に鋭くクールに感じました。&#8221;アウトサイダー”という強力なアイデンティティを獲得するきっかけとなりました。おかげさまで [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>コリン・ウィルソン　『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087601404/transpersonal-22/" target="_blank">アウトサイダー</a>』</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087601404/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/317ZPYJ0G6L._SL160_.jpg" alt="4087601404" border="0" /></a></div>
<p>中学時代に出会った本ですが、思春期のせいか当時は非常に鋭くクールに感じました。&#8221;アウトサイダー”という強力なアイデンティティを獲得するきっかけとなりました。おかげさまで、アウトサイダーとしての魂を保持しながら、その後の人生も着実に（？）に歩んできています。コリン・ウィルソンのおかげで、バーナード・ショー、ロレンス、グルジェフ、シュタイナー、マズロー、ユングなど、人生を楽しくしてれる人物の存在を１０代のうちに知りえたことは誠に幸運でした。<br />
<br clear="all"><br />
<strong>坂口安吾『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101024022/transpersonal-22/" target="_blank">堕落論</a>』</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101024022/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/5111B7EP5EL._SL160_.jpg" alt="4101024022" border="0" /></a></div>
<p>この本とは高一のときに出合ったと思いますが、非常に勇気付けられたような、とても共感した記憶があります。生きることに腹が据わったというか、汚い部分や絶望をしっかりと受け止め、その中にこそある生の力、美、意志の肯定に感動しました。以来数十年間、読んでいないので、今読むとどのように感じるかは不明ですが、すでに血肉となっていると思うので（たぶん）、今の私には読む必要はないような気はしますが、どうでしょうか。<br />
 <br clear="all"><br />
<strong>ケン・ウィルバー『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393360311/transpersonal-22/" target="_blank">『万物の歴史』 (A Brief History of Everything)</a>』</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393360311/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51N8RPV35BL._SL160_.jpg" alt="4393360311" border="0" /></a></div>
<p> 最後に、日本語訳で初めて四象限が扱われ、ウィルバーの著作の中ではアメリカで最も売れた本書をあげたいと思います。ウィルバーとの出会いによって文字通りその後の人生が変わりました。&#8221;アウトサイダー魂”にも再度火がつけられ、今は&#8221;インテグラリスト”としてのアイデンティティへと変容しています。さあ、皆さん、一緒に世界を探検し、身近なところから世界を変えるアクションを起こしていきましょう！（追記：４月４日にケン・ウィルバーとあう機会がありました。持病の深刻さは変わらないものの元気で、近年の著作活動も過去にないほど活発だそうです。今年還暦を迎えました）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/921/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしをかえた3冊（鏡リュウジ）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/799</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/799#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 14 Apr 2009 15:00:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=799</guid>
		<description><![CDATA[澁澤龍彦　『黒魔術の手帖』 この本を手にしたのは１０代の半ば。 西洋の隠秘学をめぐる名文にぞくぞくしたのをいまでもよく覚えています。西洋にももうひとつの知の伝統が存在する、ということを教えてくれたのがこの本。もちろん、い [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>澁澤龍彦　『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167140063/transpersonal-22/" target="_blank">黒魔術の手帖</a>』</p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167140063/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51NGYDHBPGL._SL160_.jpg" alt="4167140063" border="0" /></a></div>
<p>この本を手にしたのは１０代の半ば。<br />
西洋の隠秘学をめぐる名文にぞくぞくしたのをいまでもよく覚えています。西洋にももうひとつの知の伝統が存在する、ということを教えてくれたのがこの本。もちろん、いまの研究水準からすると間違いなどもあるのですが、しかし、それでも今なお、魔の伝統の暗い輝きをこの本は放っていて、ときどき手に取りたくなります。</p>
<p>この本からタロットや占星術、魔術といった世界に触手を伸ばしていったんです。</p>
<p>ヤッフェ編『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622023296/transpersonal-22/" target="_blank">ユング自伝</a>』</p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622023296/transpersonal-22/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/I/51gOnqJ-QQL._SL160_.jpg" alt="4622023296" border="0" /></a></div>
<p>この記事をお読みの方なら紹介するまでもないでしょう。かのユングの「自伝」。正確には弟子たちが<br />
編纂した、「正伝」ですが、合理的なナンバー１の人格とオカルト的なナンバー２の人格がユングのなかにともに存在していて、それが葛藤しているという記述には、感激させられました。近代人が抱える葛藤がこの本には見事に表わされていると思います。<br />
<br clear="all"></p>
<p>パノフスキー他『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794923864/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">土星とメランコリー―自然哲学、宗教、芸術の歴史における研究</a>』<br />
元型的心理学の重要なリソースのひとつがルネサンスの思想にあるということはご存知でしょう。たとえばジェイムズ・ヒルマンのいう「南の知」の潮流の巨人の一人に１５世紀フィレンツエの占星術家であり哲学者であるマルシリオ・フィチーノがいます。</p>
<p>フィチーノは自らの体質を「メランコリア」と診断していたわけですが、それは近代的な心理症状ではなく、より宇宙論的な広がりをもっていました。この大著は、メランコリーをめぐって文学、美術、占星術などを網羅してゆく、真の意味での人文学的研究の精華。</p>
<p><br clear="all"><br />
<strong><em>*画像をクリックするとAmazonで本の詳細をご覧になれます。「土星とメランコリー」は絶版で、古書でも入手困難となっています。復刊リクエストが<a href="http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=38226" target="_blank">こちらで行われています</a>。（編集部）</em></strong></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/799/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしを変えた3冊（李 栄子）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/359</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/359#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 29 Mar 2009 15:00:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=359</guid>
		<description><![CDATA[「スリランカの悪魔祓い」　上田紀行　　徳間書店 １２年くらい前、すごくいじけて孤独を感じていた時期にこの本と出会いました。人間が孤独を感じることとはどういうことなのか～。その答えがここにはありました。この本との出会いが、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062564572/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">スリランカの悪魔祓い</a>」　上田紀行　　徳間書店</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062564572/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/518R95SE0WL._SL160_.jpg" alt="悪魔祓い (講談社プラスアルファ文庫)" style="border: none;" /></a></div>
<p>１２年くらい前、すごくいじけて孤独を感じていた時期にこの本と出会いました。人間が孤独を感じることとはどういうことなのか～。その答えがここにはありました。この本との出会いが、自分らしく生きるために必要な栄養分を与えてくれました。矢を射る前の矢を引ひている時期を充分に充実させてこそ、射った矢が力強く前に飛んで行ってくれるのですね。</p>
<p>私が力強く射った矢はやがて上田さんに届き、その後、上田さんとのイベントが実現しました。</p>
<p>文庫本で「悪魔祓い」（講談社プラスアルファ文庫）で出ています。</p>
<p><strong>「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4795223637/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">フランクル心理学入門―どんな時も人生には意味がある</a>」　諸富祥彦　コスモスライブラリー</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4795223637/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41MzAfMPLZL._SL160_.jpg" alt="フランクル心理学入門―どんな時も人生には意味がある" style="border: none;" /></a></div>
<p>諸富会長の本は上田さんの本の少し後に出会った本です。</p>
<p>この本に出会って人生の意味を真剣に考え始め、自分らしく生きること自体がその答えなのだと教えてくれた一冊です。この本がきっかけとなり、諸富会長と知り合い、諸富さん、上田さんと一緒にイベントをする勇気をもらいそして、今ここ（日本トランスパーソナル学会）に私がいるようなものです。</p>
<p><br clear="all"><br />
<strong>ＣＤ「<a href="http://www.satowa-music.com/cd/cd-nomines.html">もしも地雷がなかったら</a>」　ウォン・ウォンツァン　　SATOWA MUSIC</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.satowa-music.com/cd/cd-nomines.html"><img src="http://transpersonal.jp/wp-content/uploads/cd-nomine-j-l21.jpg" target="_blank" /></a></div>
<p>ウォンさんとの出会いはこのＣＤからでした。ボスニアの片田舎に住む１３歳の少女が地雷について書いた詩にウォンさんが曲を作りました。</p>
<p>このＣＤを聴きながら「FREEDOM（自由）」について感じてみてください。自由について深く考えてみる良いきっかけになると思います。</p>
<p>ウォンさんとも素敵なイベントコンサートをやらせていただきました。いつ聴いても魂から響いていくるピアノの旋律に心染み入ります。</p>
<p><br clear="all"><br />
<strong><em>*画像をクリックするとAmazonで本の詳細をご覧になれます。CD「もしも地雷がなかったら」はサトワミュージックのサイトで詳細をごらんいただけます。</em></strong></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/359/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしを変えた3冊（小林真行）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/627</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/627#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 14 Mar 2009 15:00:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=627</guid>
		<description><![CDATA[◇植島啓司『偶然のチカラ』（集英社新書） 古今東西、多くの人々をひきつけて止まない「偶然」という出来事に焦点を当てた本であるが、幸福論や運命論、あるいは人生指南の書としても読むことができる。ギャンブルや確率の話、占いやス [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>◇植島啓司『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/408720412X/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">偶然のチカラ</a>』（集英社新書）</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/408720412X/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/31qymmkdWpL._SL160_.jpg" alt="偶然のチカラ (集英社新書 412C) (集英社新書 412C)" style="border: none;" /></a></div>
<p>古今東西、多くの人々をひきつけて止まない「偶然」という出来事に焦点を当てた本であるが、幸福論や運命論、あるいは人生指南の書としても読むことができる。ギャンブルや確率の話、占いやスピリチュアルの話等、例として触れられている内容も多岐に渡るもので興味をそそられる。時々手にとってまた読み返したくなるような、ちょっと気になる書物。<br />
<br clear="all"><br />
<strong>◇エックハルト・トール『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763198726/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ニュー・アース</a>』（吉田利子訳、サンマーク出版）</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4763198726/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41-bF4CPk6L._SL160_.jpg" alt="ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-" style="border: none;" /></a></div>
<p>「今、ここ」に目覚めるための道筋を、専門用語を用いず、誰にでも理解できる言葉でシンプルに説いた本。複雑な事柄や不思議な事柄は出てこないが、読み進めるうちに自分が奇跡に囲まれて生かされていることに改めて気付かされる。取り上げられているメソッドも非常に簡潔だが、この上なくパワフルなものだと思う。自分が置かれている状況の良し悪しにかかわらず、心の静けさと勇気を与えてくれる本である。<br />
<br clear="all"><br />
<strong>◇ジェイムズ・ホリス『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434120816/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ミドル･パッセージ</a>』（藤南佳代・大野龍一訳、コスモス･ライブラリー）</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434120816/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41i-g-AhCEL._SL160_.jpg" alt="ミドル・パッセージ―生きる意味の再発見" style="border: none;" /></a></div>
<p>ユング派の分析家による、危機や転換期を迎えたアイデンティティについての論考。神話や文学等、様々な文献から採られた事例の数々は非常に読み応えがあり、随所に深いメッセージが感じられる。一歩引いた場所から見た、人生の節目に関するガイドブックと言っても良いかもしれない。生き方に迷った時の方向性について、多くのヒントをもたらしてくれる好著。 </p>
<p><br clear="all"><br />
<strong><em>*画像をクリックするとAmazonで本の詳細をご覧になれます</em></strong></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/627/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしを変えた３冊（笠置 浩史）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/483</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/483#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 28 Feb 2009 15:00:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=483</guid>
		<description><![CDATA[１）高橋克彦『総門谷』講談社文庫 人は死んだらどこへ行くのか。生きるとはどういうことか。私は一体何者なのか。実存的な問いに初めて向き合うきっかけとなったのは、小学6年生でむさぼり読んだこの伝奇小説のラストシーンでした。  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>１）高橋克彦『総門谷』講談社文庫</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061845055/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21E1K9PDWAL._SL160_.jpg" alt="総門谷 (講談社文庫)" style="border: none;" /></a></div>
<p>人は死んだらどこへ行くのか。生きるとはどういうことか。私は一体何者なのか。実存的な問いに初めて向き合うきっかけとなったのは、小学6年生でむさぼり読んだこの伝奇小説のラストシーンでした。<br />
<br clear="all"><br />
<strong>２）へルマン・ヘッセ（高橋健二訳）『デミアン』新潮文庫</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102001026/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51MdMuiFjOL._SL160_.jpg" alt="デミアン (新潮文庫)" style="border: none;" /></a>
</div>
<p>高校1年生の冬に読んだときには、何もわからなかった。その後、再読するたびに衝撃を受けます。ここに真実がある。この作品と向き合い続けて生きることが、私の求道なのではないかと思います。<br />
<br clear="all"><br />
<strong>３）ルドルフ・シュタイナー（高橋巌訳）『子どもの教育』筑摩書房</strong></p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480790713/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/4189G87M30L._SL160_.jpg" alt="子どもの教育 (シュタイナーコレクション)" style="border: none;" /></a>
</div>
<p>教育者としての今の私を支えてくれているのは、やはりシュタイナーの思想であるように思うのです。子どもを見る目、教育者のありよう……。その真髄は、「シュタイナー教育」実践者だけのためにあるのではないのです。<br />
<br clear="all"><br />
<strong><em>*画像をクリックするとAmazonで本の詳細をご覧になれます</em></strong></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/483/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしを変えた３冊（上嶋 洋一）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/466</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/466#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 14 Feb 2009 15:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=466</guid>
		<description><![CDATA[１）高橋和己　『邪宗門（上・下）』河出書房　1966年 ２）エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』　東京創元社　1951年 ３）上田 薫『人間形成の論理（上田薫著作集 第2巻）』　黎明書房　1964年 　３冊とも、私が大学 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１）高橋和己　『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022640049/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">邪宗門（上・下）</a>』河出書房　1966年<br />
２）エーリッヒ・フロム『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4488006515/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">自由からの逃走</a>』　東京創元社　1951年<br />
３）上田 薫『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000JAG6PO/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">人間形成の論理</a>（<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4654008322/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">上田薫著作集 第2巻</a>）』　黎明書房　1964年 </p>
<p>　３冊とも、私が大学に入ったその年（1971年）に読み、その後何度も何度も読み返してきた本である。私が入学した時代は、日本に学生運動が存在した最後の時代であった。ベトナム反戦運動、沖縄返還協定反対闘争、筑波大学法案反対闘争、三里塚闘争、浅間山荘事件を初めとして、まだまだ騒然としていた。最低限の、受験に関係する限りでの読書と社会的関心しか持たなかった私には、様々な思想の渦巻く大学という空間は衝撃であった。</p>
<p>『このままの自分ではいけない、なんとかしなくては！』…この３冊の書名を見るだけで、当時の自分自身の心の焦りが思い出されてくる。 </p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022640049/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51apYjM%2ByAL._SL160_.jpg" alt="邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)" style="border: none;" /></a></div>
<p>　『邪宗門』は、大学に入って最初に読んだ小説。読み終えて間もなく、1971年5月3日、高橋和己は亡くなった。その衝撃は大きかった。年譜を調べてみると、私の生まれた家のすぐ近くの団地に暮らしていた時期もあったことを知った。こんなすごい人が身近にいたのだということを知り、うれしくもあったし、高橋の世界にのめりこんでいくきっかけにもなった。</p>
<p>　『邪宗門』の発想の発端は、「すべての宗教が、その登場のはじめに色濃く持っている＜世なおし＞の思想を、教団の膨張にともなう様々の妥協を排して極限化すればどうなるかを、思考実験してみたいということにあった」（『邪宗門』「あとがき」より）と高橋はいう。そしてこの「思考実験」は実に見事な実を結んだ。それは小説としても、高橋自身の生き方としても。彼は次のような言葉で「あとがき」を結んでいる。「人が生涯に書きうる作品の数にはかぎりがある。また人生の年輪にふさわしい時期時期の作品のあり方もあろう。従来蓄積してきたもののほとんどすべてを投入したこの作品は恐らく私の人生、そして文学の歩みに一つの区切りを劃するものとなるであろう。それゆえに私は今後何らかの方向に転進せねばならないが、いまいささかの感慨に沈む自分を許したい」と。ここには、限りある人生の中で、自分の持てるものすべてを出し尽くした後の深い虚脱感と、その道を辿ることのできた人にしか味わえない恍惚感、高揚感、満足感、がある。物語は、何ともいえない無力感を味わわされる形で終る。しかし、私自身が苦境に立たされた時に限ってこの悲劇的な物語を、また読んでみたくなる。それは、物語それ自体の悲劇性にもかかわらず、みずからのすべてを投入しこの物語を書き終えた、高橋の恍惚感、高揚感を追体験できるがゆえに読み続けている、ということなのかもしれない。 </p>
<div class="amazon"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4488006515/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/411DSGE9XFL._SL160_.jpg" alt="自由からの逃走 新版" style="border: none;"  /></a></div>
<p>　『自由からの逃走』は、大学に入って最初に読んだ研究書。この『自由からの逃走』に関しては次のような紹介文を書いたことがある。“本書が刊行されたのは1941年。時まさに第二次世界大戦の最中で、ナチスがヨーロッパ全土を支配しようとしていた時代である。このファシズムの嵐の中で、フロムは数百万にものぼる人々が、大切な価値と信じられてきた自由を求める代わりに、みずからの自由を捨て、自由から逃れようとしている現実に直面する。本書においてフロムは、この「自由からの逃走」のメカニズムを解明しようとした。フロムによれば、近代人は様々な伝統的権威からは自由になった。しかし、個人に「～すべし」と命じていた伝統的権威からの解放（「～からの自由」）は、同時に人びとを不安で孤独な存在にしてしまった。この孤立化した人間の不安定性こそ「自由からの逃走」の基礎的条件である。つまり近代人は「～からの自由」がもたらした不安や孤独を克服できる程には自由ではなく、それゆえ個人的自我の実現という、より積極的な意味での自由（「～への自由」）を追求する代りに、自由から逃れ、指導者に服従することによって不安と孤独から逃れようとした、とフロムは主張する”（國分康孝監修『カウンセリング辞典』誠信書房）と。</p>
<p>　この、『自由からの逃走』の中に描き出されている近代人の心のメカニズムは、高校時代の私の姿そのものであるように思えた。あちこちで起こっていた高校紛争を横目に見ながら、権威が承認した枠内での自由に安住していた自分自身の不甲斐なさ。『大学に入った今、より積極的な自由、「～への自由」を追求していく必要がある』と痛切に思った。本書は、私にとって自分自身の探求すべき方向へ歩き始めた（遅ればせながらの）「最初の第一歩」であった。 </p>
<p>　　『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000JAG6PO/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">人間形成の論理</a>（<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4654008322/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">上田薫著作集 第2巻</a>）』、というか、この著者上田薫先生の存在は、私自身のものの見方をひっくり返してもらったという意味で私にとっては大きい。３００人近い大教室での講義。一番前の席には内地留学で来られた先生たちが何人か座っておられた。机の上には、当時出たばかりの小型のカセットテープレコーダーが置かれていた。静かに淡々と語られる「動的相対論」「ずれによる創造」「絶対からの自由」…今でもあの教室の雰囲気が懐かしく思い出される。静かな語り口ではあったが、その考え方は、当時の私をひっくり返してしまうほどインパクトの強いものであった。</p>
<p>　当時の私は「完全」ということにこだわっていた。目指す成績は「オール５」。それはいわゆる主要５教科だけではなくスポーツにおいても、芸術科目においても、家庭科においても、そしてケンカにおいても。しかし上田先生はおっしゃる。「君は野球をやっていたそうだが、『完全試合』といっても、あれは９回の間、一人のランナーも出さなければそう呼ばれる。『９回』が『１０回』に変われば、どうなる？　『２７人全員三振に取らなければ完全とは言えない』という人もいる。江夏なら『いや、そうではない。２７球で試合を終らせることだ』と言う。つまり『完全』というのは、人間が恣意的に決めたルールの枠内でしか成立しないものだ。なぜそのようなものにこだわるのか」と。ただし「完全」とは恣意的なものであるが、その恣意的な「完全」にも意味がある。「完全」を目指して努力した者だけが「完全」の本当の意味を知る。つまり、本気で「完全」を目指した者だけが、「不完全から完全に至る」のではなく、「不完全から、より深い意味での不完全に至る」という事実を知るのだ、と。「絶対に勝つ！」と、勝ちにこだわって必死に努力し挑んだ試合。双方が必死でぶつかり合う。その中で、『あぁこの試合なら、勝とうが負けようが、どうでもいい』と思えた瞬間の恍惚感を思い出した。最初から「勝ち負けなんて二の次だ」と思っていたらたどり着けない境地だったと、今でも思う。上田先生の話は、抽象的な話ではあったが、いつも具体的な何かを思い浮かべることができた。</p>
<p>（千葉商科大学学生相談室相談員　上嶋 洋一）</p>
<p><strong><em>*画像をクリックするとAmazonで本の詳細をご覧になれます</em></strong></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/466/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>わたしを変えた3本（青木 聡）</title>
		<link>http://transpersonal.jp/archives/376</link>
		<comments>http://transpersonal.jp/archives/376#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 31 Jan 2009 15:00:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tatsumi</dc:creator>
				<category><![CDATA[わたしの本棚]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://transpersonal.jp/?p=376</guid>
		<description><![CDATA[１）フェルナンド・メイレレス監督（2002）：「シティ・オブ・ゴッド」アスミック あなたはどんな国で生きているだろうか？ ２）ギレルモ・デル・トロ監督（2006）：「パンズ・ラビリンス」アミューズソフトエンタテイメント  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000BZ4J1/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51GSZYHRQWL._SL160_.jpg" alt="シティ・オブ・ゴッド DTSスペシャルエディション (初回限定2枚組) [DVD]" style="border: none;" /></a><br />
１）フェルナンド・メイレレス監督（2002）：「シティ・オブ・ゴッド」アスミック<br />
あなたはどんな国で生きているだろうか？</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0012EGL4M/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51brz3J017L._SL160_.jpg" alt="パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]" style="border: none;" /></a><br />
２）ギレルモ・デル・トロ監督（2006）：「パンズ・ラビリンス」アミューズソフトエンタテイメント<br />
あなたはどんな現実を生きているだろうか？</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000VJ2DOQ/transpersonal-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51BKlLo%2BrgL._SL160_.jpg" alt="生きる" style="border: none;" /></a><br />
３）黒澤明監督（1952）：「生きる」東宝<br />
あなたはどんな人生を生きているだろうか？</p>
<p><strong><em>*画像をクリックするとAmazonで詳細をご覧になれます</em></strong></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://transpersonal.jp/archives/376/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>

