おじんカウンセラーのトホホ通信 その10 いじめられる側は弱くない

【その10】「いじめられる側は、弱くない」

今回は、少しカウンセラーっぽい話題にしたいと思います。

 

カウンセラーをやっていると、時々、「人間ってすごいな」と感じることがあります。今日お話しするのは、そんなエピソードのひとつです。

 

テレビの番組で「いじめ」に関する番組を見ていると、時々、「いじめに負けないように強くなれ」的なコメントに出会います。しかし、これは、大きな間違いだと思います。現在のいじめは、とても対決することができるレベルではありません。彼ら「いじめられる側」は、十分に強いのです。

 

いじめを受けたひとりの高校生のお話をしましょう。

 

Aさんは、女子高の2年生で、当時3ヶ月におよぶ不登校を続けていました。彼女とのセッションは、私が今まで体験したことがない形となり、とても記憶にのこる経験となりました。

 

ある日、私に、女性から、不登校の娘のために訪問カウンセリングをしてくれないかという問い合わせがありました。しかし、私は、訪問カウンセリングはやっていませんでした。

 

ひきこもりや不登校に対する訪問カウンセリングは、なかなか難しいものがあります。第一、多くの場合、子供の方は、カウンセラーなんかに会うつもりはまったくないのです。かなり根気が要る仕事で、顔を合わせるまでに何ヶ月もかかることがあります。そして、結局クライアンさんに会えなかったなんて例も少なくありません。引きこもっている期間が半年以内なら、数回の訪問で、ほぼ100%会うことができますが、数年のひきこもりともなると相当の時間がかかるのを覚悟しなければなりません。10年選手になると、まず会うのは不可能といってよいでしょう。そのような場合には、訪問カウンセリングよりも、他の手段、例えばメールカウンセリングなんかの方がまだ有効だと思います。

 

Aさんの場合、家からはほとんど出ないのですが、時々外に買い物などには行っていました。Aさんのお母さんには、訪問カウンセリングの時間的余裕が無いので・・と、いうことで、お断りしたのですが、どうしてもとのことなので、2回だけということでお引き受けしました。彼女の不登校期間は、3ヶ月で、2回のセッションで会えるかどうかは微妙なところでした。ただし、2回のカウンセリングで何も進展しない場合には、他の訪問カウンセリングを専門に行っている機関でお願いすること、それから、私が訪問することは必ずAさんに伝えることを条件としました。特に2番目の「訪問カウンセリングを当人に伝える」については、必ず守っていただきたいと、お母さんにはお伝えしました。

 

訪問カウンセリングの当日、地図を片手にAさんの家を訪ねました。静かな住宅街にある一軒家でした。庭は丁寧に手入れされており、荒れた様子はまったくありません。僕は、玄関のベルを押しました。呼び出しにはお母さんが出たのですが、なにかあわてている様子でした。すぐに、バタバタと音がして、お母さんが玄関に出てきました。彼女は、小声で、「実は、まだAにカウンセリングのことは話していないのです」と言います。

 

やれやれといった感じです。訪問カウンセリングのとき、こういうことは、時々あります。私は、お母さんに「そうですか、申し訳ないのですが、ご本人の承諾を受けていないのであれば、カウンセリングはできません」とお断りしました。私の考えとしては、カウンセリングをする場合、本人が承諾しているというのが大前提だったのです。帰ろうとしたとき、玄関横のリビングのドアが開いていて、その中が目に入りました。そして、その中には、パソコンに向かって、ゲームをしている女の子がいました。私には、それがAさんであることが、わかりました(一人っ子だったですからね)。私は、お母さんに「彼女は、Aさんですか?」と聞きました。お母さんは、「そうです」と言います。僕は、リビングでパソコンに向かっているAさんが、お母さんと私とのやりとりを聞いていたと思いました。私は、玄関から彼女に話しかけました。「今の話聞こえた?ちょっと話をしてもいいかな?嫌なときは、嫌と言ってね」・・返事がありません。そこで、「返事がないってことは、聞こえたって事かな?」と言って、強引に私は、リビングに入っていきました。それが、Aさんとの長い2回のセッションのはじまりです。

 

リビングに入った後、お母さんと私は向き合い、Aさんは、私らに背を向け、パソコンに向かったまま、セッションが始まりました。私が質問してもAさんは、パソコンから目を離さず、一言も返事をしません。答えるのは、いつもお母さんです。

 

このままでは、どうにもならないので、10分ほど話をした後、お母さんには退席していただきました。その後は、広いリビングにAさんと私のふたりだけです。彼女は、パソコンに向かった姿勢を崩さず、沈黙したままでした。いくら脳天気な私でも、この状況は、けっこうきついです。ただ、約束の50分は、いっしょにいようと思いました。50分の間、結局彼女はだまったままです。私はというと、傾聴もオウム返しもあったもんじゃありませんでした。お母さんから、Aさんが、クラスメートがいじめを受けていたことに憤っていたことがあるという話を聞いたので、私は、いじめに対する私自身の考えを話しました。「いじめられる側にも原因があるって言う人がいるけど、あれは間違いだと思う・・」などです。しかし、彼女からは、何の反応もなく、ただ私は、後姿に向かっていただけでした。50分の間、いくらおしゃべりな僕でも話し続けるわけには行きませんので、そのほとんどは、沈黙のまま時が過ぎました。ながーい50分でした。ただ、ひとつわかったことがありました。いつでも逃げることができたはずなのに、Aさんは、ずっとそこにいたのです。彼女は、私の話を聞いていたはずです。そこが、唯一の希望でもありました。

 

最後に次のカウンセリングの予定を伝えて第1回のセッション?は終了しました。もちろん、それにも彼女からの返事はなしですが。

 

こんな状態では、2回目のセッションでAさんが会ってくれるかどうか疑問でした。私の感覚では、まあ、五分五分だろうなと思いました。

 

セッションの当日、Aさんの家の玄関を入り、リビングのほうを見ると、Aさんが、前回とまったく同じような姿でパソコンに向かっていました。今度は、彼女は私が来ることは知っていたはずです。しかし、彼女は、そこにいました。そして、私は、もうひとつ大きな発見をしました。前回Aさんは、ジャージ姿だったのですが、今回は、ちょっとこぎれいなかっこうをしていたのです。「これはひょっとしたら、話してくれるかも」と、私は思いました。彼女には、カウンセリングセッションをする準備が出来ていることは明らかだと思いました。しかし、その期待は見事に裏切られました。

 

今回は、最初からAさんとふたりのセッションだったのですが、60分間、彼女は、パソコンに向かったまま何も話してくれなかったのです。私は、ぽつんぽつんととりとめのない話をしました。やはり、彼女は60分間部屋を出て行こうとしませんでした。

 

2回目のカウンセリングも終わりの時間になりました。私は、最後にAさんの背中に向かって、「Aさんは、たいしたもんだと思うよ。この2回のカウンセリングの間、リビングから出て行かずに、しかもなにもしゃべらなかったというのは、なかなかできることじゃない。しっかりした意志がなければできないことだよ。Aさんには、信念があるはずだ。その信念に従って、自分の思うとおりに行動してごらん」と言いました。

そして、「相談があったら、いつでも連絡してください」と付け加え、私は彼女に名刺を渡しました。彼女は、そのとき、ギョロッとした目で僕を見ました。それが、彼女と視線を合わせた最初で最後でした。

 

その後、お母さんには、「残念ながら、Aさんは何も話してくれませんでした。ただ、彼女には、しっかりとした信念があると思います。自分の考えをお母さんに話すときがくるかもしれません。そのときは、批判や判断は横において、彼女の主張を聞いてあげてみてください」と伝えました。

 

結局2回のセッションで、Aさんが一言もしゃべってくれなかったので、カウンセリングは失敗だったと思いました。ところが、10日ほどして、その高校生のお母さんから電話があり、まったく予想もしなかったことが起こったことが分かりました。

 

お母さんの話によれば、私との最後のカウンセリングの次の日から、Aさんは、少しづつ朝早くおきてくるようになったのだそうです。それまでは、完全に昼夜逆転だったのです。そして、ちょうど1週間たったとき、家族が朝食をとっていると、Aさんが制服を着て2階から降りてきたのです。ご両親は驚き、お母さんは、「学校行くの?」とAさんに聞きました。Aさんは、プイッと横を向いたまま、何も答えず、そのまま家を出ていったのだそうです。

 

お母さんによれば、Aさんは、学校に行ったのだそうです。そして、担任、生活指導の先生、そして校長に会い、自分の思いを伝え、退学届けを出しました。先生たちは、退学を思いとどまるように説得したのですが、Aさんは、まったく考えを変えず、結局学校に残ることを承知しませんでした。学校からお母さんに連絡がありました。お母さんは、Aさんと電話で話そうとしたのですが、Aさんは、話すことはないとのことでした。お母さんは、子供の頃から一度言い出したら聞かないAさんのことですから、もう自分でした決心は変えないだろうという思いがありました。

 

お母さんは、心配して、Aさんが帰ってくる時間をおしはかって、家の前で待っていました。しばらくすると、Aさんが、両手に大きな荷物を抱えて家に帰ってきました。Aさんは、ロッカーにあった全ての自分の荷物を持って帰ってきたのです。大きな荷物を抱えて近づいてくる娘を見て、お母さんは涙が止まらなかったのだそうです。彼女の強い思いを感じたのでしょうね。すでに学校から連絡があったので、お母さんは、彼女が退学を決意したことを知っていました。退学はお母さんにとっても残念なことでした。それでも、Aさんの帰ってくる姿を見て、お母さんは、娘を無条件に受け入れたのです。

 

夜お父さんが帰ってきて、Aさんから話を聞き、ご両親は、退学に同意しました。どうやら、学校で、Aさん自身が、いじめにあっていたのだそうです。そのことをAさんは、その日はじめて家族に話しました。そして、いじめは、Aさんが、すでにいじめにあっていた子をかばったことが原因で起こったとのことでした。

 

私は、Aさんに、何をしたわけでもありません。ただ、2時間同じ空間にいただけです。Aさんは、自分で自分の道を切り開いていきました。答えは、彼女の中にあったのです。そして、私は、彼女のおかげで、クライアントさんのプロセスを徹底的に信頼する大切さを知りました。あんまりカウンセラーが誘導しちゃいかんですね。

 

ちなみに、Aさんは、その後、自分でパソコンで調べた高校に願書を出し、転校したのだそうです。Aさんは、やっぱりたいしたものです。

 

☆この記事は、本人が特定できないようにしています。 

(第10回おわり)

 向後善之

 

日本トランスパーソナル学会 事務局長

ハートコンシェルジュ カウンセラー