副会長あいさつ 尾崎真奈美

私は今、こうしてトランスパーソナル学会の副会長として巻頭言を書いていることを、とても不思議に思います。少しの戸惑いと感慨と喜びと。
トランスパーソナルと私の関係は、気になりながらも、とても大切だからこそ、反対に離れてしまう、初々しい恋人どおしのような関係かも知れません。この機会に、私の個人的な精神的歩みを振り返って皆さんとシェアーしたいと思いました。

私はもともとクリアカットな科学が大好きなので、トランスパーソナルなんて大胆な分野にはずっと近寄らないようにしてきました。心理学概論の一番はじめに「心とは脳機能です、そうじゃないと思うのは自由ですけど、心理学はそういうスタンスの科学です」と学生をがっかりさせていました。しかし、「ヒーラーさんですか」とか、その筋の方に「お仲間ですね!」なんて言われることがよくあって、少し心外でした。
その私が、素晴らしい!と感銘を受けたのが、マズローの「人間は善である」という高らかに美しい宣言と、それを科学的に説明しようとした「人間ではなく宇宙を中心とした心理学(トランスパーソナル心理学)」でした。2004年頃でしたか、「トランスパーソナル学会に関心はあるのですが怖いんです」という伺いに、諸富先生からご丁寧なお返事をいただいて思い切ってお出かけした伊豆。そこで出会ったのは、何とも自由でさわやかで楽しい人たちでした。魂が素直に喜んでいる人たちの集まりで、本当に思っていることを話しても大丈夫なんだ!と嬉しくなっていつの間にか踊っていました。向後さんのとろけるような笑顔、鈴木さんのさわやかな切れ味!ティム、よし子さんの透明さ。いきなり理事にスカウトされたのも驚きましたが、このフットワークの軽やかさがこの学会の魅力です。喜んでいる人たちをどんどん引っ張って輪を広げて行くのは、会長の諸富さんの特技ですね。

素晴らしい方々と出会い、シンポジウムでお話しさせていただいたり、ウイマラさんのギターにあわせて即興で踊ったり、しばらくご一緒に楽しく遊ばせていただいておりましたが、学術的基盤はトランスパーソナルの外においていました。

2009年でしたか、石川勇一先生が相模女子大学にトランスパーソナル心理学を本格的に教えるカリキュラムを作られ、そのお手伝いをさせていただける機会を与えられた私は、夢のような気持ちで、本当に伝えたいことを何の躊躇もなく教えはじめました。「トランスパーソナル心理学」「スピリチュアリティ論」「統合心理学」「芸術療法演習」・・・どの科目も超越的な、日本に唯一の講座です。石川先生は何と「ヒーリング演習」なんてやっていらっしゃる!こんな大学が日本にあったとは!!しかし私はまだまだ固いところがあり、いわゆる「スピリチュアル」な授業ではなく、高潔な人格発達に関する実証研究を超越的な視点を導入しているという段階にとどまる努力をしています。

スピリチュアリティ研究を心身医学の世界でさせていただきながら、正統派の心理学の世界で発表できる機会を待っていた私は、2009年の第一回世界ポジティブ心理学会議からずっと海外でスピリチュアリティ研究について発表してきました。が、私は、311とその後の核汚染の衝撃に身も心もひん死の重傷を負いました。地球の嘆きが自分自身の出来事のように襲って来て、何ヶ月も立ち上がることができず悲嘆の涙に暮れました。私が立ち上がるきっかけになったのは、ポジティブ心理学でできることをお伝えしなければという思いではじめた、PTG(心的外傷後の成長)に関する連続講座でした。これは私自身の痛みの中からの蘇りのプロセスで、仲間と書いた「ポジティブ心理学再考」はその記録でもあります。こういう危機の時代だからこそ、トランスパーソナルな意識が目覚めてきます。悲しみが深ければ深いほど、削ぎ落とされるものも多く痛みを伴います。ぬくぬくした澱みの中からまっさらな透明さに飛び込むのは勇気がいることですが、それは決して身を切るような冷たさではなく、暖かささえ超えた、言葉に尽くしがたい法悦歓喜の世界です。それはまさに、今ここにあなたとともにある世界、気がつきさえすればいいだけの静かな世界です。

ようこそ、トランスパーソナルな世界へ。

ポジティブ心理学から日本心理学会でのデビューを果たした私は、トランスパーソナル学会から距離を置いて正統派心理学者の仮面を楽しんで行こうかな〜と思っていたのですが、ここでまた、トランスパーソナルにぐぐっと引き込まれてしまいました。という訳で、ネーミングがヤバいよと言われたり、師匠からはやめろと叱責を受けつつも「天使語同時通訳」ブログやyoutubeではmanaminhimeチャンネルを続けている私がいます。
時に矛盾したようなお固い厳しいこと「例:スピリチュアルなんて大っ嫌い!」を言うのは、私の未熟さ故の恐怖心からなので、どうぞお許しください。大きな変革の時代に、このような大きな役割を与えられたことに、戸惑いつつも感謝しています。どうぞ宜しくお願いいたします。