関連書籍紹介
『インテグラル・シンキング―統合的思考のためのフレームワーク』
鈴木 規夫著
コスモス・ライブラリー刊(2011年)

小林 真行
(本学会常任理事)

本書は、ケン・ウィルバーのインテグラル理論におけるもっとも基本的かつ重要な柱である「四領域(Four-Quadrant)」の分析に焦点を当てて、その具体的な応用方法・活用法を示した手引書です。著者はこれまで、人間の心理的な発達や能力開発にかんする研究を進めながら、企業組織におけるコーチングやリーダーシップ・トレーニングを始めとした人材育成に携わってきました。本書の一番の特徴は、そうした活動に裏づけられた洞察がふんだんに盛り込まれているところにあります。
ウィルバーの思想については、日本でもその著書のほとんどがタイムリーな翻訳によって紹介されてきましたが、とりわけ2000年代に入って以降は、理論的な側面の導入・紹介に留まらず、それらが一人一人の現実にどのようにリンクしているのか、あるいはビジネスやカウンセリングの現場にインテグラル理論を応用するにはどうすればよいのかといったふうに、実践的な側面をさらに明確にしていくことが求められてきました。個人の成長を考える際には、個人を取り巻く職場や人間関係、社会の情勢といった具体的なことがらとのかかわりを切り離して考えることはできないからです。2004年に米国での研究を終えて帰国した著者は、これまでの七年間に多様な場面での実践経験を積んできました。本書は、そうした蓄積を踏まえた上で、インテグラル理論に対する近年の要請に応える形で執筆されたものです。
本書を一読してもっとも新鮮に感じた点は、ウィルバーの言う四領域(個人の内面・外面、集団の内面・外面からなる四つの領域)という一見単純な地図が、使い方次第では実に多様な力を発揮するということでした。インテグラル理論については、さまざまな領域にまたがる理論や学説を整理し、それぞれの長所と短所を含めた俯瞰的な見取り図を提供するものであるという理解が一般的で、その実践面についてはまだあまりよく知られていないという状況だと思います。しかし、本書に詳しく述べられているように、四領域という地図は静止的な分析や描写に留まるものではなく、複雑な状況分析や問題点の洗い出しに使うこともできれば、将来の目標設定やヴィジョンの創造にも応用が利くという、非常にダイナミックな力を秘めているのです。インテグラル理論とは、寄せ集めや折衷主義とは大きく異なり、前向きで現実的な変化を、持続的にもたらすための方法論なのです。
以下では、本書の内容をかいつまんでご紹介したいと思います。
第一章の「世界の四領域」では、ウィルバーの言う四領域を概観し、問題や課題をその中に落とし込んでいく四領域分析の方法を解説しています。面白いのは、ある企業の管理職の立場を例に取り、それぞれの領域ごとに状況や課題を浮かび上がらせていく箇所です。こうした具体例については、理論を追っているだけではなかなか理解できにくいところがあり、多くの人にとって参考になるのではないかと思います。
第二章「視野狭窄の罠」では、これら四領域のどれか一つが支配的になった時に生じてくる問題点を探っていきます。例えば、個人の内面だけに偏りすぎてしまえば精神主義や心理主義に陥ってしまいますし、反対に個人の外面だけが重視されるようになると極端な能力主義や成果主義を招くことになってしまいます。著者は、それぞれの領域がもっている利点と限界とに触れながら、ある領域の偏りや過大視が起きるとどのような問題を引き起こすことになるのかを丁寧に探り当てていきます。組織や社会に蔓延してくるある種の閉塞感や行き過ぎた状態についても、多くの場合はこうした偏りが招いているものであることがよく分かる箇所だと思います。
第三章「知性の成長段階」は、四領域のうちのいずれか一つの領域からスタートして、徐々に他領域を交えながら認識を深めていくプロセスを描写しています。各領域間をリンクさせる知のあり方についてはよく話題になりますが、それらはどことなく漠然としていて、実際のプロセスにかんしてはなかなか把握しずらいというのが実状ではないでしょうか。ここでは、そうした知を深めるにあたってはどのような手続きを踏む必要があるのか、順を追って詳しい説明がなされています。
第四章の「対極性の統合」では、これまでの議論を踏まえながら、私たちがさまざまな場面で直面することになる、「自立性と関係性」、「質と量」、「日常と非日常」という両極性を詳しく掘り下げ、それらをどう統合していくかを考察します。こうした両極性はどちらも必要なものですが、片方に留まり続けると知らず知らずのうちに不健全な状態に陥ってしまいます。著者は、こうした両極のバランスを取るには単にその中間に留まろうとするのではなく、適切なタイミングで両極間を縦横に移動することが必要なのだと言います。特に「質と量」をめぐる葛藤については、仕事の現場で多くの人が直面するものであり、非常に教えられるところが多いのではないでしょうか。
最後の「むすび」は、以上で示された統合的な思考法の実践篇です。また、巻末には資料として四領域分析の実例が掲載されており、各種の具体例への理解を深めることができるように配慮されています。四領域分析の手法は、個人で使うこともできるし、グループでのブレーンストーミング等に用いることもできるので、応用範囲が非常に広いのです。
この本は、読者それぞれが、自分自身の置かれている状況や問題に照らしながら考えることができるだけでなく、グループや企業組織に変化や成長をもたらすための地図や枠組みも提供してくれます。色々な場面で活用できる数々のヒントで一杯の本書を、是非とも手に取ってみてください。