おじんカウンセラーのとほほ通信 その45 被災者の気持ちに沿うということ

震災以来、民放のTVニュースを見ていて、時々、どうしようもない違和感を覚える時があります。
例えば、被災者がスケッチブックに「〇〇を探しています」と書いて、「▽▽町の△△です。私達は、元気です」とカメラに向かって言う、朝の番組の一コーナーがあります。あのコーナーでインタビューを受けている被災者の方々の中には、非常に戸惑った表情をされている方がおられます。
おそらく、そうした戸惑った表情をされている方々は、本来の気持ちと違うことを語っているのでしょう。
TV局の「災害を受けて、なにもかも失っても、けなげに生きる被災者たち」というストーリーを演じさせられているのだろうと想像します。本当は、やりきれなさや、怒りや、絶望があるだろうに、なんとなく、マイクを向けられたら、TV局が求めるような人物を演じざるを得ない状況になってしまっているのではないかと想像します。
この状況は、「私達は、被災者のみなさまのために取材しています」という空気から生まれるのではないかと思います。「あなたのために・・」という空気には、なかなか逆らえないものだからです。
こうした取材は、被災者を二重に苦しめることになるかと思います。
ただ、全ての取材が、こうしたものではないとも思っています。
例えば、「自分だけが生き残ってしまった」という罪悪感を持っている被災者が、レポーターに向かって「私達は、流されていく人をどうすることもできなかったんです」と泣きながら語っていた場面を見ましたが、この場合は、自分たちの罪悪感を語ることによって、乗り越える一歩をふみだすことができた例なのではないかと思います。まあ、これは、報道陣と被災者の間だけに起こるのではなく、ボランティア、自衛隊、消防などのサポートする側と被災者との間には、いつでも起こり得ることですが・・。
僕は、メディアの取材だけではなく、メンタル面のケアの際にも、「あなたのために・・」というメッセージを発する場合には、細心の注意が必要だと思います。被災者中心に見えて、被災者をコントロールしてしいまうことがあるからです。

今、一番大切なのは、被災者中心的な考え方です。被災者の方が、求めているものを丁寧にひろいだしてケアするとともに、彼らが望まないことはやらないということです。

考えてばかりで行動しないというのもいけませんが、ケアを押し付けてもいけません。この辺は、ケアする側が、被災者の方々と、いかに共感的なコミュニケーションをするかにかかっているのではないかと思います。

向後善之

日本トランスパーソナル学会 常任理事 事務局長

ハートコンシェルジュ カウンセラー