【その38】パワハラの実態・・その2

狭い店だったので、C課長とD課長は、すぐにA氏とB氏をみつけ、彼らのボックスにやってきました。「なんだ、お前らも来てたのか」とC課長。D課長は、なにも言わずに席に着きました。C課長は、「もう説教は終わりだぞ」とD課長に言い、A氏、B氏、C課長は、いつものように楽しく馬鹿話を始めました。しかし、D課長が、再びA氏に向かって、先ほどの焼き鳥屋と同じ話を始めたのです。「お前は、若いくせになまいきだ」、「お前らは、上の言うことを聞いて黙って仕事しろ」などなどです。C課長は、D課長に「いいかげんにしろ。だいたいお前は、Aと同じこと(プロジェクトに関する不満)を言っていたじゃないか」と、少々怒った顔でさとしました、D課長もさすがに、その時は、黙ったのです。

ところが、D課長の沈黙は長くは続きませんでした。C課長がトイレに立ったとたん、再びA氏に対する説教が始まったのです。内容は、まったく同じです。気の強いA氏は、何も返事をせず、D課長をじっと睨みつけました。沈黙をしながら、じっと自分を睨んでいるA氏に対し、D課長は、言葉を失いました。すると、その瞬間、D課長は、立ち上がり、テーブルにあった水割り用のピッチャーをつかむと、A氏の頭にピッチャーの中の水をあびせかけ、そのまま店を出ていきました。

その後、事件が起きました。A氏は、立ち上がり、D課長の後を追い、ドアの外で、D課長の名前を呼びました。もちろん、「D課長」などと呼びません。「おい、D」と、呼び捨てです。振り返ったD課長に向かって、A氏は、右ストレートをD氏の胸に一発決めました。そのとき、A氏は、非常に冷静でした。ドアの外で声をかけたのは、店に迷惑をかけないためでしたし、顔ではなく、胸を狙ったのは、D課長が脳しんとうを起こしてしまうことを避けたからです。そもそも、キレた人は、たいていフックになってしまうのですが、A氏は、冷静にストレートをくりだしたのです。D氏は、その場にうずくまり、A氏は、だまってそれを見ていました。A氏は、それ以上D氏をなぐる気はありませんでした。一発で十分な手ごたえがあったからです。そして、そのとき、A氏は、会社を辞めることを覚悟していました。管理職を殴るなど、サラリーマンにはあってはならないことだからです。これは、一瞬のできごとでした。

そこへ、スナックのママさんが、「やめてー!」と叫びながら出てきました。また、その後から、トイレから出てきたC課長が、「A、やめろ!」と飛び出してきました。

しかし、うずくまっているD課長を見たC課長は、「おそかったか」とつぶやき、A氏に向かって、「A、もういいだろう」と言葉をかけました。そして、C課長は、D課長に向かって言いました。「今日のことは、D、お前が全て悪い。今あったことは、だれにも言うな。もし言ったら、お前がやったことをおれは、会社に話すぞ。」息も絶え絶えだったD課長は、力なくうなづきました。さらにC課長は、ママさんと、もうひとりいた店の女の子に「今あったことは、だれにも言わないように」と口止めをしました。C課長も、とても冷静だったのです。そして、幸い、店には、他に誰も客はいませんでした。

その後のA氏ですが、なんのおとがめもなく、無事にサラリーマン生活を続けました。D課長も、だれにも何も言わなかったのです。C課長の「もし言ったら、お前がやったことをおれは、会社に話すぞ」が効いたのでしょう。事件がばれてしまったら、A氏はまずい立場に追いやられるでしょうし、会社に居場所が無くなって退職するかもしれません。しかし、同時にD課長の立場も無くなってしまうからです。

僕は、ここで、暴力はよろしくないという議論はするつもりはありません。同時に、A氏を擁護するつもりもありません。

そして、D課長の行為は、パワーハラスメントと言えます。彼のA氏に対する攻撃は執拗で、論理に一貫性がなく、攻撃のための攻撃であり、さらには、A氏に頭から水をかけると言う行動にまでエスカレートしていきました。

これまでのお話しの中からお伝えしたいことは、次の5つです。

1)パワハラは、しつこい。

2)パワハラは、相手を徹底的に侮辱する。それは、理不尽な行為である。

3)パワハラに対し、冷静に正当にジャッジする人がいて(この場合はC課長)、その人が毅然とふるまえば、パワハラの被害者は、救われる。

4)パワハラをするような、いわゆるハラサーには、根底に怯えがある。だから、A氏の沈黙にD課長は耐えられなかったし、「もし言ったら、お前がやったことをおれは、会社に話すぞ」というC課長の言葉に従わざるを得なかった。

5)パワハラが新たな暴力を生むことがある。

つづく

向後善之

日本トランスパーソナル学会 常任理事 事務局長