【その33】 安全な場所からのジャッジメント

オリンピックも終わりましたね。TV観戦している私にとっては、感動的な場面がいっぱいありました。

浅田真央選手とキム・ヨナ選手の戦いはすばらしかったし、上村愛子選手の滑りにの切れ味にもしびれましたし、カーリングの面白さを知ったし、アルペン系の競技も0.01秒台の争いで見ごたえがありました。アスリート達は、すごい!

彼らは、ほんのぎりぎりの差の中で争っていて、ちょっとしたミスが命取りになる妥協の許されないような世界で生きています。

それに比べて、観戦している私なんぞは、お気楽なものです。暖かい部屋の中でコーヒーでも飲みながら、TVを見て、あーだこーだ言っているわけですから・・。

この感動のオリンピック期間中、実は、少々暗い気持ちになったことがあります。それは、スノーボードハーフパイプの國母選手に関することです。國母選手は、みなさん御存じのとおり、出国時の腰パン騒動で一躍注目を集めました。彼のファッションに批判が高まり、その結果、彼は入村式に出られなくなり、記者会見で記者やレポーターの前で謝罪しなければならなくなり、彼が在校している東海大学は、応援を中止し、試合が終わって、帰国時のインタビューでも、レポーター達から彼の服装について質問される羽目になりました。

さらに、その間、ネット上では、國母選手に対する誹謗中傷が乱れ飛んでいました。私は、2チャンネルをはじめとするネットでの書き込みは見ない主義なのですが、今回は、國母選手に対する批判がひどすぎるということをツイッター情報で知ったので、ちょっと覗いてみたのです。

いやー、酷かった。勝手な憶測で、自分の思い込みをあたかも正義漢のような口調で書きこんでいるんです。内容はあまりにめちゃくちゃなので、ここでは紹介しませんが、週刊誌の中吊り広告で誰かを批判する時の見出しをさらに過激にしたような内容です。しかも、全て匿名です。読んでみて唖然としました。

こういう行為を、本来は「卑怯」と言うのです。

國母選手の服装については、だれかが、びしっと注意すればそれですむ話じゃないですか。私には、入村式の辞退も、記者会見も、大学の応援中止も、まったく無意味なものに見えました。そして、ネットでの誹謗中傷は、言語道断です。

僕が東海大学の総長だったら(そんなことは一生あり得ないけど)、「それでも、國母君は、うちのかわいい学生です!」って宣言して、全校をあげて応援しますよ。

このようにメディアやネット上で、だれかをターゲットにして徹底的に非難する風潮って、醜いなと思います。そもそも、そういうことをする人達は、安全な場所から、ほとんどが匿名で、しかも上から目線で批判を展開しています。非常にカッコ悪い。

この傾向は、しばしば見られます。数年前の「イラクの人質事件」における「自己責任論」なんかも、まさにその例です。また、いまだに蔓延している学校や職場でのいじめ問題なんかも同じメカニズムです。それ以外にも、さまざまな場所で、こうした一方的な非難の傾向が見られます。

どうも最近、暗黙のルールができやすく、それが強力な規範となって、それ以外の価値観は認めないという雰囲気にすぐになってしまうよう傾向が強まっているように思います。

これは、これから人類が進む方向だと言われているヴィジョンロジック(価値観の多様化を受け入れること)とは逆行する動きで、文化的な退行です。

ちなみに、ネット上では、國母選手へのマスコミをはじめとする対応については、かなり批判が出されていたと言うことを付け加えておきます。この辺に、少しは希望があるととらえたほうがいいのかどうか・・。マスコミの対応に対する意見の中にも、「ん?」というのもありましたし・・。

(第33回おわり)

向後善之

日本トランスパーソナル学会 事務局長

ハートコンシェルジュ カウンセラー