【その29】そんなことをしていいなんて誰が言った?!

小学校4年か5年の時、私は、友人たちとよからぬことをして、先生に激しく怒られたことがあります(まあ、しょっちゅう怒られていたのですが・・)。確か、自作のロケットを屋上から飛ばしているのがばれた時だったと思います。ちなみに、自作ロケットの作り方は、キケンなので、ここではお伝えしません。

その時、先生が、「そんなことをしていいなんて、誰が言った!」とえらい剣幕で怒っておられました。私にとって先生に怒られるのは日常茶飯事だったので、なんということもなかったのですが、その時の記憶を鮮明に覚えているのには、理由があります。

私は、先生の「そんなことをしていいなんて、誰が言った!」という言葉にひっかかちゃったんです。先生は、顔を真っ赤にして怒っていたのですが、私の頭の中は、「?マーク」でいっぱいになりました。

「?マーク」の元凶は、「していいと言われたことしか、やっちゃいけないのか?」という疑問で、その疑問から、「だとしたら、『これから、勉強していいでしょうか?』といちいち聞いて許可を得なければならないのだろうか?」、「いやまてよ、『息をしてもいいですか?』とも聞かなければならないのか?これじゃぁ、死んでしまう・・」などなど、先生のお説教はそっちのけで、あれこれ考えていました。私にとっては、先生は、まるで昔のサイレント映画のように口をパクパクさせているように見えていました。

そのとき、「あっ!」とひらめいたんです。「『してよいこと』は、決めることができないんだ!」ということです。別な言い方をすると、「規則として決められるのは、『してはいけないこと』だけ」なのではないかということです。

だけど、例えば、野球で打者が打ってセーフになろうとするのであれば、1塁に向かうわけで、規則としては、「1塁に向かわなければならない」ということになります。

そうすると、「『してはいけない』だけではなく、『しなければならない』も規則になるのではないか?」ということが、私の中で新たに疑問として浮かびました。しかし、それも簡単に解決します。「打者は、打った後、セーフになろうと思ったら、1塁に向かわなければならない」は、「打者は、打った後、セーフになろうと思ったら、1塁以外に向かってはならない」と言い換えることができるわけで、結局、規則は、全て『してはいけないこと』に集約されます。

私は、この発見に夢中になりました。

まったく話を聞かずにそんなことばかり考えていた私に、先生は気付いたんでしょうね。先生は、言いました。

「向後、おまえ、聞いているのか?!」、「何を考えているんだ!」

それで、つい・・・、私の「大発見」をしゃべっちゃったんですね。結果は火を見るより明らかです。先生は激怒し、他の二人が許されたのに、私だけさらにお説教を食らうことになりました。

やれやれ。

まあ、先生には怒られちゃったけれど、その時の私の「大発見」は、正しいんじゃないかと思うんですね。

『していい』ことを決めていったら、窮屈でたまらない。

なんでこんな昔の小学校の4、5年のころのとほほな経験を思い出したのかと言うと、それには、きっかけがあるんです。

新人のカウンセラーは、ベテランカウンセラーから、スーパービジョンを受けるものなのですが、時に、「私が受けていたのとはえらく違うスーパービジョンを受けているなぁ」と思う例があるんですね。ある新人カウンセラーが、自分の思いつきでなんらかのアプローチをしたとき、スーパーバイザーから、「そんなことをして良いなんて言っていない」って言われたという話を聞きました。そして、その新人カウンセラーが試みたことは、私には別に悪い方法には思えませんでした。

逆に私は、そのスーパーバイザーが、なんで、「そんなことをして良いなんて言っていない」という言葉の矛盾に気付かないんだろうと疑問に思いました。そして、その言葉の背景には、「自分のやり方以外は許さない」という傲慢なコントロールの意思があるように思えます。

ちなみに、私はアメリカ時代合計8人のスーパーバイザーにつきましたが、こんな言い方をする人は、ひとりもいませんでした。

だいたい、スーパーバイザーが許可する方法だけ採用して良いなんてことになったら、新人カウンセラーは委縮してしまうでしょう。そうしたら、クライアントさんのケアよりもスーパーバイザーに怒られないことを優先してしまうかもしれないじゃないですか。

もちろん、師匠の型を真似ると言うのは、新人には必要な部分もあるかと思いますが、型にはめすぎて、新人の新鮮なアイデアをつぶしてしまったら、もったいない。

基本的に、「規則」というのは、少ない方がいいと思います。特に、人対人のかかわりのなかで動いていくカウンセリングみたいな分野にはね。なにしろ、クライアントさんひとりひとり違うのですから・・。

カウンセリングにおいては、「クライアントさんを傷つけない」という規則(厳密には倫理ですが)が、最優先されなければならないものであって、もし傷つけてしまった時などには、「カウンセラーは、クライアントさんに対して、屁理屈を言って自分をごまかしてはならない」というのが、大事な姿勢になります。

その原則さえきちんと守っていれば、クライアントさんのプロセスは自然に進んでいくのですから。

あまり「こうしなければならない」という教育をしていると、かえってクライアントさんのプロセスを邪魔しちゃうのではないかなと思います。

(第29回おわり)

向後善之