おじんカウンセラーのトホホ通信 その18 心理学のあやうさ

【その18】心理学のあやうさ

これまで、6回にわたりナルシズムと組織について書いてきました。

今、ナルシスティックなトップによる組織による弊害が、いたるところで見受けられます。例えば、企業におけるパワハラなども、その背景にはナルシズムがあると言われています。

しかし、企業は、まだいいと言えます。組織の歪みは、業績の悪化につながるため、そのままの状態で続くことはほとんどなく、やがては組織の崩壊と言う形をとります。

しかし、結果が見えにくい世界、例えば、心理学の世界などに同じようなことがあると、おかしなことが起こっていても、それが表面化しにくく、その結果、相当奇妙な状態が長期間続いていくなんてことが起こり得るのではないかと思います。心理学というのは、そもそも、実証がなかなか難しい分野だからです。

心理学は、物理学と違います。物理学には、最も論理的で正確な数学と言う強い味方があり、物理学者が考えた仮説を、数学的に記述し、その結果を予測することができます。その予測と、実験結果が一致すれば、その仮説は正しいと判断されます。また、技術の進歩により測定精度が向上した場合、それまで測定誤差と認識されていた微妙な差が、重要な意味を持つことがわかり、その差の意味を説明する新たな理論が提案され、同様のプロセスをたどって、その理論が正しいかどうか判定されるわけです。

これはなかなかよいプロセスで、その結果、例えば、惑星の運動について言えば、天動説がより精度のよい地動説にとって代わられ、やがて、アインシュタインの相対性理論によって、より正確に惑星運動が予測できるようになってきたというような発展をとげてきました。

化学や生物学、医学といった分野も物理学ほど数学の出番は多くありませんが、それでも再現性よく事象を予測することができます。それになにしろ観測可能な事象を対象にしていますし・・。

しかし、心理学は、そうはいきません。

仮説をたてることはできますが、心を直接測定することはできませんし、かろうじて測定できるとしても、行動の観察や自己申告による思考や感情の報告です。出てきた結果を統計的に判定することも可能ではありますが、せいぜい、その程度のことしかできないと言うことです。さらに、精神病理の分野などでは、統計からはずれる現象について記述するわけですから、もっと難しくなります。そして、他の科学の分野であるような測定精度の向上も、現在のところあまり望めません。

つまり、心理学では、1)その人がどのような人であり、2)現在の環境が、どのように影響して、3)最終的な行動に至るのかということを、非常にラフな形でしか予測できていないわけです。なぜなら、この1)、2)、3)いずれもが、非常に不確実にしか記述できないからです。

ましてや、臨床心理学なんかは、密室の中でカウンセラーとクライアントの1対1あるいは、1対グループで行われるプロセスですから、なにがどう影響してクライアントさんにどのような変化が見られるのかなんてことは、不確定要素ばかりですし、報告者(主にカウンセラー)のバイアスもかかりますし、いったいクライアントの心の中に何が起こったのかなどということは、まったく藪の中といってよいでしょう。

心理学をサイエンスと分類する人たちもいるのですが、元理系の私としては、んー・・と、思ってしまいます。物理や化学と同列に、心理学がサイエンスに分類されることについては、前述した1)~3)により、どうも違和感を持ちます。むしろ、心理学は、科学になり得ないんじゃないかとさえ思っています。少なくとも今のところ・・。

だからといって、心理学が、物理学や化学より劣るなどとは考えているわけではありません。ただ、明確に精度よく心を記述する術を持っていない学問だということです。

テレビなどで、犯罪者の心理などを、「この犯人は、●●障害であって、▲@な親子関係が影響しています」などと、断定的にコメントをしている心理学者や精神科医がいますが、勇気があるというか、無謀というか、私には、理解しかねます。

心理学の理論と呼ばれるものは、一般のサイエンスで言うところの仮説のレベルでしかないと、私は思っています。そして、きちんとその仮説が証明されることはないためか、次から次へと、心理学理論(仮説?)なるものが提案されていて、現在、主なものだけでも600以上の理論があります。

科学的に(物理学レベルの精度で)正しいことが証明できないばかりではなく、正しくないことも証明できないということです。

だから、慎重さがないと、あやうい。

非常にあやしい仮説をあたかも定説かの如く主張する心理学の専門家がいたとしても、それを地動説が天動説を破ったときのように論駁することは、ほとんど不可能です。

同じような状況にあるのが、宗教や、哲学といった人文科学系の分野と言えるでしょう。

従って、人文科学系の分野では、相当いい加減な、あるいは危険な理論がまかりとおり、しかもそれが長続きする危険性があると、私は、考えています。

経済や経営や政治の分野も、心理学や宗教や哲学などと同じような不確実性を持ちますが、少なくとも結果が目に見える形で出てくるので、それが暴走を止める抑止力になり得ます。しかし、心理学や宗教や哲学などにおいては、その抑止力となり得るのは、やはり目に見えない形の心です。だから、心理学や宗教や哲学といった分野は、最も暴走しやすい分野と言えるのではないかと思います。

これまで数回にわたってお話ししてきたようなナルシズムの傾向のある人たちが、そうした分野(心理学,宗教,哲学など)のリーダーになるようになった場合、その暴走は、より歯止めがきかなくなります。組織内の人たちは、何かおかしいと感じながらも明確に反論することもできず、容易に声の大きいリーダーたちのコントロール下に入ってしまう可能性がより大きいと言えるでしょう。

そして、その典型が、オウム真理教による一連の事件と言えるでしょう。

カルトの世界だけではなく、アカデミックと言われる心理学の世界でも、「これからは、○@理論だよ」とか、「欧米では、みんな●%理論だよ」などの断定的な言葉を聞くことがあるのですが、この手の発言は、眉唾で聞いておいたほうがいいですね。

そんな絶対的な理論なんてないのですから。

向後善之

日本トランスパーソナル学会事務局長

ハートコンシェルジュ カウンセラー